RED & BLACK

観劇日記

シスターフッド物語?|ミュージカル『ウィキッド』2024年

ウィキッド』初観劇でした。

 

基本情報

2024年1月20日(土)ソワレ@四季劇場秋

キャスト

エルファバ:小林美沙希

グリンダ:中山理沙

ネッサローズ:若奈まりえ

マダム・モリブル:秋本みな子

フィエロ:カイサー タティク

オズの魔法使い:明戸信吾

ボック:緒方隆成

ディラモンド教授:田辺 容

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感想

ウィキッド』といえばタイプの違う女同士のシスターフッド物語!だと想像していたのですが。意外とシスターフッド成分が少なく、ずっと喧嘩しっぱなしなので面食らってしまった。

女たちが恋愛に振り回されすぎてて残念な感じ。エルファバは反差別の闘志でカッコよかったのに、男のために活動をやめてしまったのにはガッカリした。ネッサローズがメンヘラ化したあたりのドロドロ人間関係はリアリティがありすぎて引いてしまった。

そして、そのわりには男性キャラにそんなに魅力がない。フィエロオズの魔法使いもボックも、自分の意志が感じられず、物語を駆動させるためだけに存在している機械みたいに見えてしまった。男たちが誤った相手とセックスしたり思わせぶりな態度を延々取り続けたりしたせいで(マジで、なんでそんなことするの?)、女たちの感情がめちゃくちゃになっていた。なんなんだ。

女性同士の友情の扱い方が薄いのは、20年前の作品だから、仕方ないのだろうか・・・『アナ雪』を通過したわれわれには物足りないのか?

また、グリンダがおバカ状態から覚醒するのが遅すぎてあんまり共感できず、何が彼女を変えたのかもよく分からなかった。

 

全体的に、反差別やポピュリズム批判といったリベラルなテーマを取り扱ってはいるものの、扱いが適当で残念だった。エメラルドシティには、動物差別政策やポピュリズム政治という問題があるが、ラストシーンでもそれらの問題が解決される道が示されないので、肩透かしを食らったような気分になる。動物差別と闘っていたエルファバが国を出て行ってしまい、動物の権利はどうなったのか心配になった。それに、グリンダがオズの魔法使いを追い出した後、そのままグリンダが国のトップに居座ってるのはなんなんだ・・・エメラルドシティに民主主義は根付かないのか?

 

歌はめちゃくちゃよかった。特にエルファバ役の小林美沙希さんが素晴らしかった。正直、エルファバにも心情的にはあんまり共感できなかったのだが、"Defying Gravity"は泣いてしまった。

 

See also:

女同士の友情ということで。

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カイサータティクさんつながりで。

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ステレオタイプが酷い|ミュージカル『新テニスの王子様 The Third Stage』

久しぶりにリアルでテニミュを見てきました。

 

基本情報

2023年11月4日(土)マチネ@TACHIKAWA STAGE GARDEN

キャスト

省略

 

感想

今回からワールドカップ編ということで、海外選手のキャラクターがたくさん登場する。で、そのほとんどが海外ルーツと思われる役者さんが演じているのに驚いた。当初は素直にすごいじゃんと思ったのだが・・・

「国民」ステレオタイプが酷すぎて、とても見ていられなかった。しかもそれを日本では人種的にマイノリティである若者たちに演じさせてるのがグロテスクすぎた。

そして、海外チームが全部欧米の国で、選手のほとんどが白人という・・・うーんひどい。

特にドイツ代表。歌詞のネオナチっぽさが全開なのはさすがに勘弁して。「ゲルマン民族の血」とか、まずいと気づかないのが逆にすごいレベル。「トレードマークはスキンヘッド」ってそういうこと?

 

それでも、これまでだったら見た目の良い男の子たちが歌って踊っているのを見て楽しいという気持ちになれたかもしれないが、ジャニーズ問題もあってかそういう感覚が死に絶えたっぽい。誘ってくれた方には本当に申し訳ないのだが、全然楽しめなかった。

 

See also:

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時代の空気を描いた作品|ミュージカル『ラグタイム』2023年

とても遅くなりましたが、『ラグタイム』感想を簡単に。すごかったです。

 

基本情報

2023年9月30日(土)マチネ(千秋楽)@日生劇場

キャスト

ターテ:石丸幹二

コールハウス・ウォーカー・Jr.:井上芳雄

マザー:安蘭けい

サラ:遥海

ヤンガーブラザー:東啓介

エマ・ゴールドマン:土井ケイト

ファーザー:川口竜也

イヴリン・ネズビット:綺咲愛里

ハリー・フーディーニ:舘形比呂一

ヘンリー・フォード&グランドファーザー:畠中 洋

ブッカー・T・ワシントン:EXILE NESMITH


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感想

20世紀初頭のアメリカを舞台に、白人・黒人・ユダヤ人の3つのコミュニティに属する人々を通じて、人種差別、貧富の格差、女性差別といった問題を描く群像劇。

私がミュージカルに求める全ての要素が詰まった作品だった。

 

登場人物に起きる出来事よりも、時代の空気を表現することに主眼を置いた作品だと感じた。他には『エリザベート』や『李香蘭』がこの類の作品だと思うが、こういうのは大好き!

タイトルの「ラグタイム」は当時新しかった黒人音楽のことで、白人社会においてマイノリティたちの存在感が徐々に大きくなってきていた「時代の空気」を表現している。

個人的には、フォーディズム(資本主義下において工場で分業により効率化を押し進めること)を褒め殺しにした皮肉な曲"Henry Ford"が気に入った。

 

『蜘蛛女のキス』『アナスタシア』とテレンス・マクナリー脚本を見てきて思うが、この人は登場人物や歴史のなかを生きた人々に対して、突き放した冷徹な態度で描写する。

見ていて辛くなるほど苛烈な差別と貧困が描かれているので、観劇するのにめちゃくちゃ体力が奪われた。言論や暴力、あらゆる手段で差別を訴えようとして、結局は権力によって殺されていく黒人たち。資本主義と自由の国に夢を抱いてアメリカにやってきたが、資本主義で使いつぶされて貧困にあえぐ移民たち。

差別の解消に向かって少しずつ動き始めた時代についていけない白人男性や、「アメリカンドリーム」を達成したら昔の貧困を忘れ社会を肯定するようになる移民の姿も、リアルだが皮肉な描き方だ。登場人物たちが地の文のように三人称で語る台詞回しも、歴史から距離を取った描き方を際立たせていた。

作品を通じて絶え間なく、アメリカという国の欺瞞が批判され続けるのが壮絶だった。たまに登場する星条旗がいい味を出している。

カーテンコールでも言及されていたが、日本でこんなに政治的な作品(まああらゆる作品が政治的なのですが)をやってくれたのは素晴らしいし、見られて良かったと心から思う。ただ、アメリカという国を批判する作品だからこそ、いつかアメリカでも見てみたいとも感じた。

 

舞台美術がオシャレで、多用されている切り絵風の背景はかわいいし、分断を表現する光る棒も面白かった。

訳詞も良く、韻の踏み方が尋常じゃなかった。

 

See also:

テレンス・マクナリー脚本作品2つ。

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大きな物語の否定|ミュージカル『アナスタシア』2023年

『アナスタシア』見てきました。2020年の日本初演時から3年ぶり。

今回はひょんなことからマチソワすることに。普段は同じ作品を1シーズン内に2回見ることはないので新鮮でした。

 

基本情報

2023年9月23日(土)マチネ&ソワレ@シアターオーブ

キャスト(マチネ・ソワレの順)

アーニャ:木下晴香

ディミトリ:相葉裕樹・内海啓貴

ヴラド:大澄賢也石川禅

グレブ:田代万里生・海宝直人

マリア皇太后麻実れい

リリー:朝海ひかる堀内敬子

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感想

ストーリーについてはだいたい初演の感想に書いたので、あまり書くことはないのですが。

 

この作品は、歴史劇であり、しかも扱っている時代からしてめちゃくちゃ政治的な話になってもおかしくないのだが、見事なまでに非政治的である。

アーニャは王の娘、ディミトリはアナキストの息子、グレブはボルシェビストの息子なので、当時の国内勢力をそれぞれ象徴しているはずなのだが。それらの勢力そのものではなく、娘・息子世代であることで、それぞれの立場に内在する思想と一歩距離を置く存在として描かれているように思う。

アーニャとグレブの対決は政治的思想的な対決ではなく、あくまで焦点は家族との関係性という現実のレイヤーにある。ディミトリとグレブについても2人の対決シーンがあったりすればアナボル闘争の構造になるのだが、そうはなっておらず、彼らは価値観をたたかわせたりしないのである。

 

アナスタシアが「おとぎ話」になって消えていくというラストは興味深い。

この作品は一見単なるプリンセスストーリーに見えるし、日本初演を見たときは王権を擁護していて嫌だなと思ったが、今回は「高貴な一族であること」を夢やファンタジーに類するものとして描写することで、むしろ王権の虚構性を指摘しているように感じた。ディミトリとヴラドがするように「王族らしさ」は作ることができるものだし、アーニャは王族であることが明らかになってむしろ自分の現実を取り戻した。

だからといって王政に反対する思想が擁護されるわけでもなく、ディミトリが「(ペテルブルクからレニングラードに)名前が変わっても中身は同じ」と言うように、この作品では社会主義思想も一種の虚構として扱われている。

一方、現実の世界は、基本的には(困ったところもあるが)愛すべきものとして提示されているように思われる。故郷への思いについては"My Petersburg"、"Stay, I Pray You"、"Land of Yesterday"と繰り返し歌われるし、LEDパネルで表現される写実的な背景は非常に美しい。

アーニャとディミトリは「おとぎ話」になったよう見えるが、実際には王族であるという虚構を捨てて現実の世界で生きていくことを選んだ。一方、政治的理想を追い求める立場に残ったグレブの方が「この国の秩序はもはやおとぎ話を必要としない」という台詞に反してむしろ「おとぎ話」の中に生きたのではないか。

イデオロギーすなわち「大きな物語」に翻弄された20世紀という時代を想起させるラストシーンだが、アーニャはディミトリという抵抗者とともに物語の世界から降りることで自由を手にしたのかもしれない。

突飛な解釈かもしれないが、同じテレンス・マクナリー脚本の『蜘蛛女のキス』もファンタジーを(かなり突き放した態度で)描いた作品なので、案外的外れでもないんじゃないかなどと思っている。ちなみにこの次週に見た『ラグタイム』もテレンス・マクナリー作品だった。

 

今回3年ぶりに見て、”Quartet at the Ballet”のシーンでの白鳥の湖のバレエが本編に対応していることに気づいた。(初回で気づけよという感じですが・・・)オデット=アーニャ、ジークフリート=ディミトリ、ロットバルト=グレブになっていたんだね。登場人物たちがバレエを見て心情を託しているように感じられて、すごく好みの演出だった。

この曲はミュージカルの登場人物の持ち歌集合曲なので、それだけでかなり気分が上がりますが(持ち歌集合曲大好き)、特にソワレのキャスト陣は歌がうまくてハモリが素晴らしかった。

ただし、本編のストーリーでグレブとアーニャの恋愛関係についてあまり描写があんまりないのに、このシーンではいかにも三角関係のような演出になっているので、ん?という感じはする。

 

内海啓貴さんのディミトリは、自由な感じで下町育ちの庶民っぽく、アナキストの息子らしくて良かった。

グレブは田代万里生さんは些細なことで怒鳴ったりしてDV男っぽいのに対し、海宝直人さんは繊細で本当に理想を信じている感じ。私は海宝さんタイプの革命家が好きです。二人とも、初演の山本耕史さんとは違うタイプで面白かった。

石川禅さんのヴラドは歌もうまいし、間の取り方とか相変わらず演技がめちゃくちゃうまい。

 

See also:

2020年の日本初演時の感想。

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テレンス・マクナリー脚本つながりで。

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芝居が素晴らしい日本オリジナル作品|ミュージカル『生きる』

『生きる』行ってきました。

黒澤明監督の映画のミュージカル化で、ホリプロによる日本オリジナル作品。2015年に初演、2020年に再演で、今回は再再演となる。

原作映画は見たことない。というか黒澤明作品じたい実は一つも見たことない。という状況で楽しめるのか?と心配でしたが、非常に良かった。

 

基本情報

2023年9月9日(土)ソワレ

キャスト

渡辺勘治:鹿賀丈史

田切とよ:彩橋みゆ

小説家:上原理生

渡辺光男:村井良大

渡辺一枝:実咲凜音

助役:鶴見辰吾

組長:福井晶一


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感想

日本オリジナルミュージカルに求めているものはこれだよ、という感じ。日本語の率直な歌詞が違和感なくスッと入ってきて、ちゃんと芝居と一体化している。舞台を見てこんなに泣いたのは久しぶりというくらいボロ泣きしてしまい、本当に素晴らしい観劇体験ができた。もしかして英語が母国語の人ってこんな体験をいつもしているのか、羨ましい・・・

作曲はジェイソン・ハウランドで、すごくキャッチーというわけではないけれど芝居を引き立てていてよかった。

 

あらすじとしては、癌で余命半年であることが分かった役人の勘治が、残りの人生を公園建設のために費やすという話。

あらすじを読んで暗い話なのかなあと思っていたけど、全くそんなことはなく、ギャグ的な部分も多くて楽しい舞台だった。

勘治が癌を告知される(されない)シーンは、シリアスなシーンのはずなのにめちゃくちゃ笑えるし、日本の典型的サラリーマンのつまらない労働の曲は『プロデューサーズ』を思わせる。

原作映画もこのくらい愉快なんだろうか。きっと違う気がする。

 

また、勘治が生きがいを見出すきっかけとなる若い女性「とよ」は、本役の方がお休みのため代役で彩橋みゆさんが演じていたのだが、素晴らしかった!明るくて素直、というと手垢がついた表現なのだが、フィクショナルな男性向けに作られた女性キャラクターという感じがなぜかしなかった。とよが勘治のことをちゃんとうざがったり気持ち悪がるのも良かった。

「小説家」が勘治に提供する楽しみは、酒や女と全て消費行動だけれど、とよの場合は日常をクリエイティブに楽しむというもので、この対比も見事。見出した「生きがい」が公共のためというのも直球でいい。

鹿賀丈史さん演じる勘治は、朴訥な語るような歌い方が、お堅いお役人のおじさんのイメージに合っていた。初めはめちゃくちゃお堅くて無表情だけど、とよと過ごすシーンで初めて笑顔を見せて、こちらまで嬉しくなった。

 

物語のクライマックスでは、人間の醜悪さをさんざん見せられた後に美しいシーンで幕となり、美と醜の対比が見事。ラストの公園の場面は、雪の表現はもちろん、背景の舞台美術も本当に綺麗だった。背景が非常にリアルだったのはプロジェクションマッピング?少し前まではプロジェクションマッピングの背景って安っぽいなと思っていたけど、めちゃくちゃ進化していますね。

 

See also:

日本オリジナルミュージカルで一番いいのは夢醒めだと思っている。

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暗い話かと思ったら結構楽しかった、というのは『ひめゆり』に近い。

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子どもと大人のエンパワメント|ミュージカル『スクールオブロック』

スクールオブロック』行ってきました。

映画版がとても好きなので、楽しみにしていた作品。

2020年に初演のはずだったがコロナ禍で中止になってしまったが、ついに見られた!長かった・・・

 

基本情報

2023年9月2日(土)マチネ@ブリリアホール

キャスト

デューイ・フィン:柿澤勇人

トミカ:大久保実生

ザック:後藤日向

ローレンス:熊田たまき

ケイティ:三宅音寧

フレディ:村井道奏

サマー:中川陽葵

ロザリー・マリンズ:濱田めぐみ

ネッド・シュニーブリー:太田基裕

パティ・ディ・マルコ:宮澤佐江

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感想

ダメダメなバンドマンのデューイが友達のふりをして名門校の教師になり、子供たちにロックを教えるというストーリー。

 

何といっても、子役の皆さんがとにかく上手い!!歌も上手いし、楽器も上手い。特に、トミカ役の大久保実生さんの歌の表現力がものすごかった。こんなに歌で感動したのは久しぶり。素晴らしい!

子どもたちの歌が上手くて表現力が素晴らしいことで、抑圧されて自信を持てない子供たちが自由奔放なデューイとロック音楽によってエンパワメントされるところや、逆に子供たちが社会に認められずにいるデューイをエンパワメントする様子が、非常に真に迫っていてとても感動した。

なお、抑圧的な親たちの中に自然にゲイカップルがいたり、マーサのフェミ発言が映画版よりも増えていたり、アップデートも感じられた。

 

柿澤勇人さんの演じるデューイはちょっと解釈違いだったかな・・・。柿澤さんのデューイは結構ふざけるんだけど、デューイはふざけてるんじゃなくて素の状態が変な人なので。

濱田めぐみさんのロザリー校長も、歌はさすがだったが、初めから良い人っぽさが全開で、厳しい校長先生には見えなかった。(『バンズ・ヴィジット』の時も同じ感想を書いた。)ただし、濱田めぐみさんの夜の女王のアリアが聞けるだけで10000円分くらいの価値はあった(しかも2回も聞ける)。

 

ジーザス・クライスト・スーパースターからミュージカルファンになった自分としては、やはりアンドリュー・ロイド・ウェバー(ALW)はロックの人というイメージが強いので、この作品を作ってくれたことがとても嬉しい。ただし、メインの曲が映画版そのままのため、ALW作品という感じはあまりしなかった。映画版をリスペクトしているんだなあ。

一番ALWっぽかったのは魔笛のシーン(とカーテンコールの魔笛ロックアレンジ)かもしれない。ロック好きだけどクラシックも認めているデューイは、ALWに似ている気がする。

冒頭にコメント動画でALWが登場するのはわりと訳が分からなかったが、「アンマスクド」に調教されているので、ALWが動画で登場するだけで笑ってしまった。

 

今回が初のブリリアホールだった。悪名高さに恐れおののいていたが、席の位置が1階中ほどのドセンだったこともあり、さすがに見づらくはなかった。たしかに歌詞は聞き取りづらかったが、楽器の音が爆音で声が負けていたせいだと思う。

 

See also:

子役たくさんホリプロ演目つながりで。

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子役が良かったホリプロ演目つながりで。

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はまめぐさんつながりで。

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労働者・女性・被差別民|a new musical『ヴァグラント』

『ヴァグラント』初日を見てきました。

ポルノグラフィティ新藤晴一さんが原案・作詞・作曲を手掛けた日本オリジナルミュージカルの初演。『FACTORY GIRLS~私が描く物語~』の板垣恭一さんが脚本・演出、しかも大正時代の炭鉱の労働争議を扱ったストーリーだと聞いて行ってきました。

 

基本情報

2023年8月19日(土)ソワレ@明治座f:id:iceisland:20230820212747j:image

キャスト

左之助:平間壮一

三葉トキ子:小南満佑子

山崎譲治:上口耕平

弓削政則:水田航生

桃風:美弥るりか

アケミ:玉置成実

健三郎:平岡祐太

弓削升次郎:宮川浩

城崎:大堀こういち

森田元:吉田広大

松:遠山裕介

香:大月さゆ

留吉:加藤潤一

お花:礒部花凜 

 

感想

ストーリーは、マレビト(旅芸人)の左之助と桃風がある炭鉱町を訪れるところから始まる。2人は、新社長の政則、労働組合リーダーの譲治、幼いころに両親を殺されトラウマを抱えるトキ子の幼馴染3人組をはじめとした炭鉱町の人々と知り合い、米騒動の影響で激化する労働争議や、トキ子の両親の殺人事件の真相に関わっていく。

 

労働者・女性・被差別民という、大正デモクラシーの中で権利を求めて立ち上がった人たちの連帯が描かれていて、画期的な作品。ただ、歴史的事実に即してリアルな描写とフィクショナルな設定が混在していて、プロットは混乱しているように感じた。

 

労働運動について

炭鉱町*1ではたらく人たちが、生き生きとリアルに描かれているのが素晴らしかった。

原案の新藤さん自身が炭鉱画で有名な山本作兵衛氏に関する本を読んで炭鉱労働を扱いたいと言ったそうで*2、さらに脚本・演出は『FACTORY GIRLS』で女性の労働運動をリアルに描いた板垣さんなので、最強のタッグ。

炭鉱労働者の森田が労働の厳しさを歌う「炭鉱日記」、借金漬けになり仕事を辞めることもできず、一生を狭い世界で過ごさなければならない境遇を譲治が歌う「おふねのえんとつ」の2曲が本当に泣ける。労働者よりも労働の成果である石炭の方が自由なんて、まさに疎外。強い男である譲治の曲が抒情的なバラードなのもいい。

譲治役の上口耕平さんは初めて見た方だが、歌も演技も非常に素晴らしかった。2幕の最初、登場人物たちが現代のわれわれに向かって問いかける曲「あんたに聞くよ」で、譲治だけ笑っていないのもよかった。

ただ、クライマックスで、主人公たちが争議を止めようとするという展開になってしまったのは意図がよく分からなかった。譲治は「暴力では何も変えられない」と言っていたが、皆が立ち上がったからこそ最終的には勝利したわけで・・・*3労働争議が起きた炭鉱は取り潰しになるという設定も変で、そんな資本家に著しく不利な制度がができるはずがない。*4

蜂起した労働者に対して資本家側も命をかけて対峙するというある種の誠実さがあるラストではあったが、搾取の構造は変わっていないし、あまり解決はしていない気もする。

 

女性運動について

米騒動のニュースを聞いた女性たちが自分たちも声をあげようと立ち上がるシーン。女性たちは、炭鉱での賃労働も家庭内でのケア労働も背負わされており、「このままじゃ社会に殺される」と叫ぶ。日本の歴史上、専業主婦が存在したのはほんのひと時、一部の階層だけのことなのだ、と思わされる。

女性たちの曲「貧乏が遺伝する」は、社会的階層が世代を超えて固定化するという内容で、内容は非常に的を射ている。ただ、遺伝という表現に優生学っぽい印象を感じて戦前のフェミニズムが優生思想に取り込まれてしまった歴史を思い出して気になってしまった。

町の女性たちがトキ子に読み書きを教えてくれるよう頼む場面があるが、女性の就学率が急激に上昇している時期であったため、年上の女性たちは小学校に行くことができなかったが、トキ子は行くことができたのだと思う*5。このあたりの背景を台詞で説明してくれると、教育の性差別にも気づくことができてよかったと思う。

 

マレビトと被差別民について

主人公の左之助や桃風ら「マレビト」は旅芸人であり、作中でもマレビトに触れると不吉なことが起きると言われているように、近代まで旅芸人のように流浪して生きる人々は聖なる存在であると同時に差別の対象だった*6。マレビトたちがマレビト以外の人々を「ヒト様」と呼ぶのも、ヒトではないと差別されているからだろう。

その被差別民である左之助が、炭鉱労働者たちや女性たちと連帯してたたかうという展開は面白い。大正時代は、被差別民の解放運動(水平運動)がはじまった時代でもあるので、そういった言及があるともっと分かりやすかったのではないかと思う*7。実際の歴史では、労働運動や女権運動や水平運動は連帯したりしなかったりという展開だったようだが、それがひとところに集まったという展開は夢がある。

ただ、マレビトの設定にファンタジックな色付けがあるのが気になった。マレビトが不思議な力を持っていたり、掟や親分会議という設定があったので、旅芸人が差別される存在だと知らない人はマレビトが架空の存在であると誤解してしまったかもしれない。あくまで、現実を生きた人たちだったことが分かるようにしてほしい。

マレビトの左之助は、ミュージシャンである新藤さんを自己投影したキャラクターだと思われるので、思い入れが強いからこそ、いろいろな設定をつけたのだろう。左之助が「マレビトの仕事はヒト様の人生に区切りをつけること」だがそれだけでいいのか?という疑問をもち、運動に加わっていくという展開は、「アーティストが政治に関わるな」という言説へのアンサーなのかもしれない。

 

トキ子のこと

ヒロインであるトキ子は、設定がよく分からないところが多く、あまり共感できなかったのが残念。小南満佑子さんの歌は素晴らしかったのだが・・・トキ子・譲治・正則の3人の「月の裏側」では3人とも歌うまでハモリが素晴らしかった。

トキ子は炭鉱の取締隊(私設警備隊)であり、強い女性ヒロインにしたかったんだろうという意図は伝わるものの、劇中でずっとトラウマに苛まれているせいであまり強い印象は持てないし、炭鉱の私設警備隊ってそもそもなんだ?と気になってしまった。*8トキ子の両親が殺された理由や母の遺言の意味も、物語のラストで明かされることなので言及は控えるが、そうはならんやろ!と思ってしまうような展開だった。

ラストで、安易に異性愛カップルが形成される展開にしなかったのは良かった。恋愛の曲が一つもないミュージカルってかなり珍しいのではないだろうか。

 

最後に音楽の話

長々と3000字も書いてしまった。

アンサンブルの方々も含め歌が上手いキャストが揃っていて、合唱曲「ヴァグラント・シンフォニー」や「あんたに聞くよ」の中のソロでも、一人ひとりがうまくて驚くことが多かった。「ヴァグラント・シンフォニー」は、『レ・ミゼラブル』の"One Day More"のように各登場人物のソロ曲が組み合わさって合唱になっている曲で、ポップスのミュージシャンである新藤さんがミュージカル独特の形式の曲を作っていることに感動した。

欲を言えば、一番の悪役である、宮川浩さん演じる先代社長にも一曲ほしかった。

サイドの席だったこともあり、歌詞が聞き取りづらかったのは残念。一部の曲には背景に歌詞を投影する演出があり、オシャレでカッコよかったし、助かった。

 

明治座は初めて行ったが、歌舞伎などを上演する劇場だけあって、外に幟が立っていたり、お弁当やお菓子が売っていたりして新鮮で楽しかった。ヴァグラント弁当が食べてみたかったが、事前予約が必要だったらしく断念。


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See also:

脚本・演出の板垣恭一さんつながりで。政則役の水田航生さんはこちらでもお坊ちゃまの役。

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労働運動のミュージカルといえば。

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*1:舞台の「三ツ葉炭鉱」はおそらく戦後最も労働争議が激しかった三井三池炭鉱がモデル

*2:パンフ参照

*3:譲治は戦術的な話をしていたんだと思うが

*4:なお米騒動の影響で炭鉱で「暴動」が起きた際に軍が動員されたのは史実らしい。山本作兵衛氏 炭坑記録画・記録文書 ユネスコ「世界記憶遺産」登録:山本作兵衛氏と炭坑記録画1918年米騒動 - Wikipedia

*5:米騒動は1918年。パンフレットによると正則は「東京の大学に行って、社会人経験も少し積んでから戻ってきた」そうなので、トキ子たちは25歳くらいと仮定すると、尋常小学校に入学したのは1900年(明治33年)前後。明治33年の女子の就学率は71.7%であるのに対し、10年前の明治23年では31.3%だった。三 義務教育年限の延長:文部科学省

*6:ほぼ同じ時期である『伊豆の踊子』にも旅芸人が差別される描写があり、特に旅芸人の女性は売春もすることが示唆されている。本作の桃風は売春をする様子はないが、「マレビトが売るのは身体ではなく芸」という台詞はセックスワークに対する現代のフェミニズムの立場を想起させる。

*7:ただし、旅芸人のような人々が水平運動に加わったのかどうかは調べられなかった

*8:トキ子は自分の両親を殺した犯人捜し以外の仕事をしていなさそうだし、トキ子以外の警備員が登場するわけでもないので、トキ子のために特別に作られた職業なのかもしれない。精神不安定になった人に帯刀させるのは危ないのでやめた方が良い。