『ヴァグラント』初日を見てきました。
ポルノグラフィティの新藤晴一さんが原案・作詞・作曲を手掛けた日本オリジナルミュージカルの初演。『FACTORY GIRLS~私が描く物語~』の板垣恭一さんが脚本・演出、しかも大正時代の炭鉱の労働争議を扱ったストーリーだと聞いて行ってきました。
基本情報
2023年8月19日(土)ソワレ@明治座
キャスト
左之助:平間壮一
三葉トキ子:小南満佑子
山崎譲治:上口耕平
弓削政則:水田航生
桃風:美弥るりか
アケミ:玉置成実
健三郎:平岡祐太
弓削升次郎:宮川浩
城崎:大堀こういち
森田元:吉田広大
松:遠山裕介
香:大月さゆ
留吉:加藤潤一
お花:礒部花凜
感想
ストーリーは、マレビト(旅芸人)の左之助と桃風がある炭鉱町を訪れるところから始まる。2人は、新社長の政則、労働組合リーダーの譲治、幼いころに両親を殺されトラウマを抱えるトキ子の幼馴染3人組をはじめとした炭鉱町の人々と知り合い、米騒動の影響で激化する労働争議や、トキ子の両親の殺人事件の真相に関わっていく。
労働者・女性・被差別民という、大正デモクラシーの中で権利を求めて立ち上がった人たちの連帯が描かれていて、画期的な作品。ただ、歴史的事実に即してリアルな描写とフィクショナルな設定が混在していて、プロットは混乱しているように感じた。
労働運動について
炭鉱町*1ではたらく人たちが、生き生きとリアルに描かれているのが素晴らしかった。
原案の新藤さん自身が炭鉱画で有名な山本作兵衛氏に関する本を読んで炭鉱労働を扱いたいと言ったそうで*2、さらに脚本・演出は『FACTORY GIRLS』で女性の労働運動をリアルに描いた板垣さんなので、最強のタッグ。
炭鉱労働者の森田が労働の厳しさを歌う「炭鉱日記」、借金漬けになり仕事を辞めることもできず、一生を狭い世界で過ごさなければならない境遇を譲治が歌う「おふねのえんとつ」の2曲が本当に泣ける。労働者よりも労働の成果である石炭の方が自由なんて、まさに疎外。強い男である譲治の曲が抒情的なバラードなのもいい。
譲治役の上口耕平さんは初めて見た方だが、歌も演技も非常に素晴らしかった。2幕の最初、登場人物たちが現代のわれわれに向かって問いかける曲「あんたに聞くよ」で、譲治だけ笑っていないのもよかった。
ただ、クライマックスで、主人公たちが争議を止めようとするという展開になってしまったのは意図がよく分からなかった。譲治は「暴力では何も変えられない」と言っていたが、皆が立ち上がったからこそ最終的には勝利したわけで・・・*3労働争議が起きた炭鉱は取り潰しになるという設定も変で、そんな資本家に著しく不利な制度がができるはずがない。*4
蜂起した労働者に対して資本家側も命をかけて対峙するというある種の誠実さがあるラストではあったが、搾取の構造は変わっていないし、あまり解決はしていない気もする。
女性運動について
米騒動のニュースを聞いた女性たちが自分たちも声をあげようと立ち上がるシーン。女性たちは、炭鉱での賃労働も家庭内でのケア労働も背負わされており、「このままじゃ社会に殺される」と叫ぶ。日本の歴史上、専業主婦が存在したのはほんのひと時、一部の階層だけのことなのだ、と思わされる。
女性たちの曲「貧乏が遺伝する」は、社会的階層が世代を超えて固定化するという内容で、内容は非常に的を射ている。ただ、遺伝という表現に優生学っぽい印象を感じて戦前のフェミニズムが優生思想に取り込まれてしまった歴史を思い出して気になってしまった。
町の女性たちがトキ子に読み書きを教えてくれるよう頼む場面があるが、女性の就学率が急激に上昇している時期であったため、年上の女性たちは小学校に行くことができなかったが、トキ子は行くことができたのだと思う*5。このあたりの背景を台詞で説明してくれると、教育の性差別にも気づくことができてよかったと思う。
マレビトと被差別民について
主人公の左之助や桃風ら「マレビト」は旅芸人であり、作中でもマレビトに触れると不吉なことが起きると言われているように、近代まで旅芸人のように流浪して生きる人々は聖なる存在であると同時に差別の対象だった*6。マレビトたちがマレビト以外の人々を「ヒト様」と呼ぶのも、ヒトではないと差別されているからだろう。
その被差別民である左之助が、炭鉱労働者たちや女性たちと連帯してたたかうという展開は面白い。大正時代は、被差別民の解放運動(水平運動)がはじまった時代でもあるので、そういった言及があるともっと分かりやすかったのではないかと思う*7。実際の歴史では、労働運動や女権運動や水平運動は連帯したりしなかったりという展開だったようだが、それがひとところに集まったという展開は夢がある。
ただ、マレビトの設定にファンタジックな色付けがあるのが気になった。マレビトが不思議な力を持っていたり、掟や親分会議という設定があったので、旅芸人が差別される存在だと知らない人はマレビトが架空の存在であると誤解してしまったかもしれない。あくまで、現実を生きた人たちだったことが分かるようにしてほしい。
マレビトの左之助は、ミュージシャンである新藤さんを自己投影したキャラクターだと思われるので、思い入れが強いからこそ、いろいろな設定をつけたのだろう。左之助が「マレビトの仕事はヒト様の人生に区切りをつけること」だがそれだけでいいのか?という疑問をもち、運動に加わっていくという展開は、「アーティストが政治に関わるな」という言説へのアンサーなのかもしれない。
トキ子のこと
ヒロインであるトキ子は、設定がよく分からないところが多く、あまり共感できなかったのが残念。小南満佑子さんの歌は素晴らしかったのだが・・・トキ子・譲治・正則の3人の「月の裏側」では3人とも歌うまでハモリが素晴らしかった。
トキ子は炭鉱の取締隊(私設警備隊)であり、強い女性ヒロインにしたかったんだろうという意図は伝わるものの、劇中でずっとトラウマに苛まれているせいであまり強い印象は持てないし、炭鉱の私設警備隊ってそもそもなんだ?と気になってしまった。*8トキ子の両親が殺された理由や母の遺言の意味も、物語のラストで明かされることなので言及は控えるが、そうはならんやろ!と思ってしまうような展開だった。
ラストで、安易に異性愛カップルが形成される展開にしなかったのは良かった。恋愛の曲が一つもないミュージカルってかなり珍しいのではないだろうか。
最後に音楽の話
長々と3000字も書いてしまった。
アンサンブルの方々も含め歌が上手いキャストが揃っていて、合唱曲「ヴァグラント・シンフォニー」や「あんたに聞くよ」の中のソロでも、一人ひとりがうまくて驚くことが多かった。「ヴァグラント・シンフォニー」は、『レ・ミゼラブル』の"One Day More"のように各登場人物のソロ曲が組み合わさって合唱になっている曲で、ポップスのミュージシャンである新藤さんがミュージカル独特の形式の曲を作っていることに感動した。
欲を言えば、一番の悪役である、宮川浩さん演じる先代社長にも一曲ほしかった。
サイドの席だったこともあり、歌詞が聞き取りづらかったのは残念。一部の曲には背景に歌詞を投影する演出があり、オシャレでカッコよかったし、助かった。
明治座は初めて行ったが、歌舞伎などを上演する劇場だけあって、外に幟が立っていたり、お弁当やお菓子が売っていたりして新鮮で楽しかった。ヴァグラント弁当が食べてみたかったが、事前予約が必要だったらしく断念。
See also:
脚本・演出の板垣恭一さんつながりで。政則役の水田航生さんはこちらでもお坊ちゃまの役。
iceisland.hatenablog.com
労働運動のミュージカルといえば。
iceisland.hatenablog.com