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観劇日記

【感想】オペラ『トゥーランドット』2018年、新国立劇場 (配信)

すごいものを見てしまった。今無料公開している新国立劇場のオペラ「トゥーランドット」(2018/2019シーズン)である。

www.nntt.jac.go.jp

指揮:大野和士

演出:アレックス・オリエ

トゥーランドット:イレーネ・テオリン

カラフ:テオドール・イリンカイ

リュー:中村恵理

ティムール:リッカルド・ザネッラート

アルトゥム皇帝:持木 弘

ピン:桝 貴志

パン:与儀 巧

ポン:村上敏明

官吏:豊嶋祐壹

 

トゥーランドット』といえば、主人公の王子がなぞなぞを説いて姫と結婚する話だ。そうだったはず・・・

公式サイトのあらすじはこちら。

【第1幕】古代の北京。戦いに敗れ、女奴隷のリューとともに放浪中の老王ティムールは、息子の王子カラフと再会し、無事を喜び合う。皇女トゥーランドットが無言で姿を見せ、人々はひれ伏す。カラフは皇女の美しさに魅せられ、3つの謎を解き明かせば彼女が自分のものになると知り、謎に挑戦する。

【第2幕】3人の大臣が、皇女のせいで命を落とした異国の王子たちを思い返す。宮殿前の広場に人々が集まり、トゥーランドットが「謎が解けなければ死をもって報いる」と告げる。しかし、カラフはすべての謎を見事に解き明かす。狼狽する皇女に、カラフは自分の名を謎として与える。

【第3幕】皇女の命で人々は一睡もせずに異国の王子の名前を調べている。カラフが自らの決意をアリア〈誰も寝てはならぬ〉で歌い上げる。ティムールとリューが捕えられる。リューは「若者の名前は自分だけが知る」と訴えた後、自害する。人々が去った後、カラフは皇女に愛を語り、口づけをする。心を開いたトゥーランドットは、カラフの名を「愛」であると叫ぶ。

 だが、この演出では、トゥーランドット姫はカラフ王子に惚れることなく、自殺してしまうという悲劇に変わっている。このあらすじ嘘じゃないか!(まああらすじでネタバレされたら嫌だからいいんだけど)

 

トゥーランドットはものすごい男嫌いである。なぞなぞを説いて彼女を「得る」権利を得たカラフに対して「絶対にあなたのものにはなりたくない」「父上、娘を奴隷のように男に与えないで!」「怖がって震えているのに無理やり抱きたいの?」と大変な嫌がりようである。その理由も語られていて、彼女の先祖にあたる王女が、異国の男に国を征服され、暴力を振るわれたからということだ。(これは性暴力のことらしい)

それを意に介さずに迫りまくるカラフが怖すぎる。「絶対に姫を手に入れる」だの「貴方は私のものになるのだ」だの「貴方の冷たさは偽りだ(=嫌がっているけど本当は嬉しいんだろう?)」だの完全にモノ扱いだ。しまいには無理やりキスして服を引き裂いてしまう。完全に強姦魔にしか見えない。このシーンはカメラワークもトゥーランドット視点でカラフがぐいぐい迫ってくるのを撮っていてめちゃくちゃ怖かった。No means Noを理解できない男は本当に恐ろしい。

そして、追い詰められたトゥーランドットは、喉をかき切って自殺する。

 

トゥーランドットの周囲の人たちは、皆彼女が結婚することを望んでいる。父親の皇帝も、カラフが息子になったらいいなと言うし、大臣のピン・パン・ポンも、姫を「支配する」夫が登場してセックスすることを期待している(これは死刑を執行するのがいやだからでもあるが)。トゥーランドットと皇帝以外に王族がいる様子もないし、彼女が結婚して国を継ぐ以外なさそうだ。だから周囲の人たちが彼女に結婚してほしがるのは当然ではある。トゥーランドットはどうしても嫌だから、しょうがなくなぞなぞを解けなかったら殺すぞという無茶苦茶を言い出したのだが、これで誰も求婚しなくなるだろうと思ったら間抜けな求婚者がゾロゾロやってきたのだから困っただろう。彼女としてはなぞなぞは断るための口実であって、夫選びのためではないのだから、なぞなぞが解けたからといって結婚したくならないのは当然であるし、自殺するのも分かる。

 

この話の中にはまともな「愛」もあって、カラフのことが好きな奴隷のリューのそれである。リューは、カラフの名前という秘密を守って死ぬことで、カラフにトゥーランドットの愛を贈ることができると言って自殺してしまう。ここでのリュー役の中村恵理さんの演技は、好きな男を別の女とくっつけるために死ぬという辛さがにじみ出ていて凄かった。トゥーランドットはそういう「愛」もあることを理解し、だからこそ死んだリューの体を撫でてから、リューと同じ方法で死ぬ。さらに、最後にカラフに対して、カラフの「愛」が支配でしかないということを「この人の名は『愛』!」という言葉で示して死んでいく。北村紗衣先生はカラフは権力欲で動いているように見えたと書いていたが、私には、カラフにとってはこれが「愛」だからこそ、こうなったように思われる。

リューが死んだあと、カラフのお父さんのティムールは大層悲しんで、ワシも死にたい・・・とまで言う。このシーンも良かった。それに対してカラフはと言えば「トゥーランドットさん、あなたのせいで人が死にましたよ!」である。半分くらいはお前のせいだろ・・・

 

恐ろしいのは、この演出における変更点は、ラストでトゥーランドットがカラフに愛を告白する一節をカットしていることだけだということだ。それ以外は完全に歌詞がそのままなのだ。トゥーランドットが拒否する台詞も、カラフの支配欲にまみれた台詞も全てもともとあるものだ。この演出を見た後では、トゥーランドットがカラフに惚れてハッピーエンドな本来の演出を見たらウゲーとなってしまうに違いない。だって現代人の感覚では、絶対にこの演出の方が本当だもの。

ラストのカットされた部分のせいで、カラフが根拠もなく相手が自分を愛していると確信するキモい人間になってしまった。トゥーランドットは、カラフの名前が分かったんだから、最後「愛」じゃなくて「カラフ!」て叫んでブスーッと刺したら痛快だったかもしれない。しかし、それだと父や国民が許さないことや、このカラフを追い払っても第2第3のカラフが現れることが分かっていたから自殺しちゃったんだな。辛い。

ただ、一種ミサンドリーを肯定するような演出で、少し救われた気持ちもした。

 

衣装にも男性の暴力性が現れている。カラフやティムールは異国の人らしいが、ロシアの軍人みたいな格好をしている。ピン・ポン・パンも汚らしい格好だが(大臣なのに酒瓶を持っている)、よく見るとガスマスクを首から下げていた。どうでもいいけど、このピンポンパンのどれか眼鏡をかけていたので、オタクの友人にめっちゃ似てて笑っちゃった。言ってることも最低で笑う。

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家のしょぼいイヤホンで聞いたので音楽については言うことはないです。

コロナの間じゅう音楽を聴いたり動画を見たりばっかりなのでヘッドホン買いたいけど、電器屋さんがやっていないので買いにいけないというジレンマ・・・

 

See also:

アレックス・オリエがまたやってくれました。今度は『カルメン』です。

iceisland.hatenablog.com