RED & BLACK

観劇日記

最低の演出家|ミュージカル『プロデューサーズ』2020年

ミュージカル『プロデューサーズ』見てきました。

(私の周囲では)いろいろ悪評が立っていて、まあ好きな演目なので行ってきたけど、案の定でしたね・・・

今回ほぼ批判なので、福田雄一氏や周辺の役者さんが好きな方は見ないほうがいいです。

 

2020年12月5日(土)マチネ @シアターオーブ

キャスト

マックス:井上芳雄
レオ:大野拓朗
ウーラ:木下晴香
ロジャー・デ・ブリ:吉野圭吾
カルメン・ギア:木村達成
ホールドミー・タッチミー:春風ひとみ
フランツ・リープキン:佐藤二朗

 

さびしいキャストボード・・・みんな載せたらいいのに。
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あらすじ

落ちぶれたブロードウェイプロデューサーのマックスと、会計士のレオがコンビを組み、失敗間違いなしのミュージカルを制作し、集めた資金を持ち逃げするという計画を立てる。最低のミュージカルを作るため、元ナチ党員のフランツが書いたヒトラー礼賛の脚本、ゲイの演出家のロジャー、英語が話せない女優のウーラを集める。しかし、ヒトラーの風刺と解釈されて大ヒット。フランツはヒトラーが馬鹿にされたと怒って銃乱射事件を起こし、マックスとレオは会計の不正がばれ、結局3人揃って刑務所行き・・・というコメディ。

 

感想

演出が福田雄一氏と決まった時点で私のTLでは結構不安の声が上がっていた。私は福田雄一氏の映画やドラマを見たことはなかったが、全体的にテレビ的な軽いギャグが全体を支配しており、正直合わないと感じた。

上演が決まって映画を見返したときの感想↓

iceisland.hatenablog.com

 

ナチスを親しみのもてる面白いおじさんにするな

佐藤二朗氏が演じる本作のフランツは、内輪向けのギャグ?を長々と入れ込んでくる。このギャグ自体が全く面白くなくて、めちゃくちゃ寒い。そして何より、フランツはそういうキャラじゃない。

フランツ・リープキンというキャラは、元ナチ党員で1960年代になってもヒトラーを信奉しており、伝書鳩を屋上で飼育して南米に亡命したナチ幹部と連絡を取り合い(少なくとも本人はそう信じている)、近所に同じ政治思想のお仲間もいて、初対面の人間に鉤十字の腕章をつけさせてケッタイな誓いの言葉を言わせるし、なぜかヒトラーはイギリス王家の子孫などと荒唐無稽な珍説を信じているというやつだ。どう考えてもヤバイやつ、近づきたくないタイプなのだ。

それなのに、本公演のフランツは、初対面のマックスやレオと話しているのに、今度お前の家にいったら~とか、うちの奥さんが~とか、話の筋に全く関係ないギャグを入れ込んでくる。というか台詞のほとんどがそういうお喋りなのだ(だいたい、元々はフランツの台詞はそんなに多くない)。キャラ崩壊どころじゃない。

フランツを「ヤバイやつ」ではなく、こういう「親しみの持てる面白いおじさん」として描いてしまうのは、キャラ崩壊なだけでなく、かなりまずい。なぜなら、「ヒトラーを礼賛することはありえない、でも風刺であればOK」、というのがこの『プロデューサーズ』物語の前提だからだ。(現実世界の社会規範でもあってほしいが、2020年現代の社会でははなはだ怪しい。)だからこそ、マックスとレオはヒトラー礼賛の脚本で大失敗すると予想したのだし、フランツに鉤十字の腕章をつけられて嫌がっていたのだ。

そもそも、原作映画の監督のメル・ブルックスユダヤ人で、生涯をかけてナチスヒトラーの風刺をやった人だ。もちろん『プロデューサーズ』もその一つで、ナチスを風刺するミュージカルを劇中劇という形で実現させている。さらに、原作映画が発表された1967年には、ナチスを馬鹿馬鹿しく描けば風刺として成立しただろうが、現代ではそれはもはや通用しない時代だ。『帰ってきたヒトラー』で描かれたように、ヒトラーの人間としての部分に親しみを持ち、再評価する動きがあるからだ。

そのため、フランツをマックスやレオと仲良しのおじさんとして描いてしまうことは、「もしや、演出の福田雄一氏は、上に書いたような物語の前提を理解していないのではないか?」という疑いに繋がってくる。劇中で「最低の演出家」として登場するロジャーは、難しいストーリーは嫌、とりあえずショーは楽しければいいという軽薄さ、第3帝国がドイツのことだと知らないほどの教養のなさによって「最低」とされている(単に「オネエ」だから「最低」という解釈もできるが、そうしたくない)。原作の根底にあるナチス風刺のテーマを蔑ろにし、テレビ的な軽い笑いでウケればいいという福田雄一氏はまさに「最低の演出家」なのではないだろうか。

いや、映画版のフランツもコミカルで若干かわいいナチ野郎のおっさんだけど、それはやっぱり異常者、キチガイの範疇での可愛さだからね(何だそれは)。面白い親戚のおじさんみたいに描くのとは距離感が違う。

それとも、フランツをあえて普通のおじさんとして描くことで「悪の凡庸さ」を表現しようとしているんだろうか。いや、違うか・・・

いろいろ書いちゃったけど、伝書鳩の演出は超面白かったよ。フーーーーーー。映画版では鳩の名前がワーグナーのオペラの登場人物になっているという小ネタがあったけど、なくなっちゃったのが残念。

 

あと、gayを「オネエ」と訳してきたことには驚いた。いや、本作に登場するゲイの人たちは確かに(現実世界を生きる多くのゲイの人たちとは異なる)「オネエ」だし、原作がこういうギャグだから仕方ないんだけど・・・原語の"Keep it gay"のgayは同性愛の意と明るく楽しいの意の掛詞になっている。彼ら(彼女ら)はゲイ・カルチャーに誇りを持って芸術の世界で生きていく人たちで、それを表現する言葉として「オネエ」が適しているのかは若干疑問だ。

現代にこういう「オネエ」でギャグをやるということに何の疑問も持ってないらしいところは若干ホラーだった。冒頭の、マックスが「芸を磨き・・・いや、オネエのほうじゃないよ」というギャグとか、わざとポリティカリー・インコレクトなギャグを増やすんじゃあないよ。あと、レオのナンバー"I want to be a producer"のバックダンサーに一人「オネエ」が紛れ込んでいて「君はアウト」っていうシーンとか、カットしてもいいだろ。このあたりのギャグは今でも欧米でやってるのだろうか。

 

一方、ミュージカルネタのギャグとか第4の壁突破系のギャグは結構笑えた。Rentも変なタイトルじゃんとか。ウーラが「何でそんな下手の端っこにいるの?」というギャグがあったのだが、全体的にキャストが下手側にいるシーンが多く、上手側の席だったので見づらかった。もうちょっと真ん中でやってよ。

あと、下ネタが非常に多いのだが、観客の皆さんワハハと笑って見ていたのが結構意外だった。日本のミュージカルファンはエッチなシーンに怒る人が一定割合でいると聞いていたので、下品なのは受けないのかと思っていた。子供と一緒に見に来るような演目じゃないからいいのかな?

 

キャストは良かった

キャストは皆、歌もダンスもめちゃくちゃ上手くて、文句なしだった。帝劇作品はたいてい歌とダンスのどちらかには不安があるキャストが何人かいるものという印象だが(失礼)、今回は全く完璧だった。

井上芳雄さんがマックスを演じることには驚いたが、結構はまり役だと思った。井上芳雄さんといえば「ミュージカル界のプリンス」的な2枚目役ばかりやっている印象だったが、コメディもうまい。ただし、マックスは設定上レオよりは一世代は上の年代のはずだし、年齢差を超えた友情がこの作品のいいところだと思うので、そこは残念。

大野拓朗さんのレオは台詞が聞き取りやすいのがよかった。ミュージカルが本業じゃないはずなのに、歌もダンスも上手だな~と思ったら『エリザベート』とかロミジュリとか出てた人なのね。

ウーラ役の木下晴香さん。歌うますぎ、声量ですぎ。ダンスもうますぎ。まだ21歳、まじか。ウーラを彼女が演じると「頭の悪いブロンド美女」を消費する構図になってしまうのでは、という懸念をしている人もいたけど(映画版の記事参照)、歌のパワーで超力強い感じになっているのと、消費する側の井上さん大野さんがなんとなく品があるので、あんまりいやな感じにはなっていなかった。彼女、私が見た回は違ったけど、『アナスタシア』のタイトルロールもやってたのね。見たかった。今後に超期待。

ロジャー役の吉野圭吾さん、あんまり「オネエ」ぽくなかった?この人が「オネエ」ぽくないと、『ヒトラーの春』がウケた理由がなくなっちゃって話が成立しないんだけど・・・(ヒトラーが「オネエ」なら面白い、という感覚自体が現代では分からない着もするが)映画版だと『ヒトラーの春』を見ている観客の反応が描かれていたが、舞台版だとそれがないので、ロジャーの演技だけで舞台が成功したということを表現していて、関心した。

カルメン役の木村達成さん、劇中でも言われていたけど可愛すぎ。なんだか衣装が似合いすぎていて、これは「オネエ」じゃないんじゃないか。発声のギャグもお見事でした。

 

シアターオーブなので生オケなのだが、結構な割合がシンセだったのでちょっと悲しかった。まあ仕方ないが・・・

 

年明け『スパマロット』も見たいんだけど、『スパマロット』もこんな感じなのかな・・・勇気がいる・・・

 

2020年12月9日追記

ここに書いていたようなことをTwitterにも書いていたら、佐藤二朗氏にTwitterをブロックされていた。こうなってしまった原因は主に演出の福田雄一氏にあるので、佐藤氏にはあまり責任はないと思う。俳優さんは演出の意向にどれくらい逆らえるのか知らないが・・・
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