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観劇日記

【感想】ミュージカル『夢から醒めた夢』2021年

『夢醒め』見てきました。大好きな演目なのですが、観劇するのははじめて。やっと見られて嬉しい!!

『夢醒め』は劇団四季のオリジナルミュージカルで、子供向けではあるのだが、大人が見ても超絶いい演目。今回、千秋楽だからかもしれないが、子供は10人くらいしか来ていなくて笑った。チケットも一瞬で売り切れたしね・・・

 

基本情報

2021年6月6日(日)マチネ(千秋楽)@自由劇場

 

キャスト

ピコ:四宮吏桜
マコ:笠松はる
マコの母:野村玲子
メソ:山科諒馬
デビル:坂本岳大
エンジェル:権頭雄太朗
ヤクザ:加藤敬二
暴走族:近藤真行
部長:澁谷智也
老人:山口嘉三
老婦人:服部幸子
夢の配達人:鈴木涼太

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感想

最高の観劇体験ができてびっくりした。観劇している間、まったく舞台の外のことを考えないくらい集中していた。こういうことははじめてで、本当に驚いている。と同時に、『夢醒め』は、観客が舞台に入り込めるように、丁寧に丁寧に作られた作品だということに気づいた。

まず、作品の冒頭。「夢の配達人」はわれわれ観客に、演劇とは夢である、と語る。さらに、演劇において観客の意識は舞台の上の俳優と一体化すると告げる。

そしてピコが登場。ピコはまだ名前もない、単なる「女優」の状態。ここで観客は、この女優さんが演じる役に共感すればいいのだということが分かる。女優さんが夢の配達人から「名前はピコ」と告げられる。と同時に、観客も「ピコ」になる。

ピコは物語のはじめからファンタジー世界の住人というわけではない。われわれ観客と同様、おばけにも幽霊にも会ったことがなく(いや、会ったことのある観客もいるかもしれないが)、会ってみたいと感じている。夢の配達人に導かれ、夜の遊園地で楽しく歌ったり踊ったりしているあいだに、観客は感情的にピコに共感するというよりも、身体感覚からすっかりピコと同化してしまう。本来はロビーパフォーマンスで観客も実際に遊園地の人々と触れ合っているから、このシーンはさらに効果的なのだろうな。今年の公演では、コロナのためか残念ながらロビーパフォーマンスはなかった。

そこで満を持してマコが登場。ピコ=観客はマコと出会い、戸惑いながらも、霊の世界に旅立つことを決める。

というわけで、観客がピコと共に霊の世界に旅立つまえに、観客が演劇の世界に没入できるための仕掛けが2重3重に張り巡らされている。まるで催眠術だ。こんなに親切設計なのは、やはりこの作品がファミリーミュージカルだからだろう。はじめて演劇にふれる子供に(大人でも)、舞台の楽しみ方を教えてくれるのが『夢醒め』なのだ。

個人的には、この丁寧さの対極にあるのが『キャッツ』だと思う。説明もストーリーもなく、いきなり猫の世界に放り込むスパルタ教育。なので『キャッツ』がミュージカル初心者向けという風潮には断固抗議していく(?)

 

演劇において、観客が演劇の世界に入っていったとき、何か引っかかるものがあると、それをきっかけに現実に引き戻されてしまう。これは必ずしも悪いことではなくて、舞台を見ている間に自分の記憶や経験が喚起されて、考えさせられるという効果もある。しかし、『夢醒め』ではそういう引っかかりになりうるものは全て排除されている。

カンパニー全員がめちゃくちゃ歌がうまいというだけでなく、おそらく意図的にそうしているんだろうけど、全員癖のない綺麗な声だった。ふつう、ミュージカルだと、声の個性は俳優さんの武器になる。けれど、今回の公演では、キャストからアンサンブルまでみんな合唱のような声質で驚いた。

また、台詞や歌詞も良い意味で引っかかりがない。観客が「いや、それは違うだろう」と思うようなことは誰も言わない。耳から入った歌詞がまったく抵抗なく直接脳に届いてしまう。劇中で提示される価値観は、誰もが認めるような正論で、いってみれば綺麗事だ。しかし、綺麗事だからこそ、万人の心に直接届くのだ。

特に、ピコは観客が同化するための依り代だから、誰もが共感できるような普遍的なキャラクターでないといけない。「明るくて元気な優しい女の子」というイメージそのものになる必要がある。その点、四宮吏桜さんのピコは、純粋で誰にでも愛されるキャラクターで、完璧だった。

 

1986年の初演から30年以上たっているということで、さすがに時代がかっている演出もあるが、それ以上に年月を超えて届くものが多い。

この作品のいちばんの「お涙頂戴」ポイントである、不幸な死に方をした子供たちのシーン。3人の子供たちのうち、3人目はそのとき起こっている紛争や災害に変えることになっているのだろうか、今回はパレスチナ人ということになっていた。子供たちは「明日も悲しみが絶えることなく/いいえ明日はもしかしたら」と歌うが、30年たっても世界は全く変わっていなくて、3人目のネタはまったく尽きなていない。つらい。(現実に起こった紛争の写真を映し出すという演出はおそらく『ミス・サイゴン』の「ブイ・ドイ」にインスパイアされていると思う。『李香蘭』の「きけ、わだつみの声」のシーンもだいたい同じなので、浅利氏はけっこう気に入ったんだと思う)

メソは、初演のときは受験に失敗して自殺という設定だったらしいが、いじめで自殺というふうに変わってから、もはや設定を変える必要はなくなったのも悲しいな。私はメソというキャラクターが大好きなのだが、メソ役の山科諒馬さんが素晴らしすぎて、この方を配役してくださってありがとうというしかない。歌もダンスもうまいし、頑なな感じがメソっぽくて良かった。バレエダンサーの方で、ミストフェリーズもやっていたそうで、納得のダンスのうまさと優雅さ。メソのナンバー「メソの過ち」のキレキレな振り付け、本当に素晴らしかった。5億回見たい。

グレー三人組の設定は、さすがに時代だが、これはしょうがないかな。リストラされた部長はともかく(高度成長期やバブルと言っているけど)、ああいうヤクザや暴走族って今はもういない。けど、何に代替すればいいかと言われるとよく分からん。

 

これまでの公演を見ていないけど、演出が変わったところは少し分かった。

ピコとマコの衣装が知っているのと違っていたので、新しくなったのかな?と思ったが、昔に戻ったんですね。野村玲子さんがマコを演じていたときの衣装らしい。このバージョンは、二人ともお人形みたいでかわいい。特にピコの衣装はショートパンツよりもこっちの方が好き。

霊界空港職員が男性アンサンブルオンリーで、不幸な子供たちが女性アンサンブルオンリーになったのは、アンサンブルの人数の問題なんだろうか。以前の演出では、霊界空港の女性職員はミニスカートにハイヒールでかっこよく踊っていたが、もはや空港の女性職員がそういう服装をする時代ではないということかもしれない。職員は役人らしいし(雇用している主体は何なんだろう)、男性だけの方が問題だと思うが・・・霊界空港にもパリテを導入せよ!

 

今回、ようやく『夢醒め』を見られて本当に良かった。こんなに素晴らしい作品だから、この先何度でも見たい。ぜひこれからも続けてほしいものだ。

 

See Also:

今回暴走族役の近藤真行さんは、『李香蘭』では杉本役を演じられてました。

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地方公演だとハコが広すぎることもあり、自由劇場の狭さがありがたくなりますね・・・

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