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観劇日記

【感想】オペラ『カルメン』2021年、新国立劇場

2年ぶりくらいに生のオペラを見てきた。

去年配信されていた、新国立劇場の『トゥーランドット』で、ものすごい演出をしていたアレックス・オリエ氏が、今度は『カルメン』を手掛けると聞いて、つい行ってしまった。

 

基本情報

7月17日(土)マチネ@新国立劇場

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キャスト

カルメン:ステファニー・ドゥストラック
ドン・ホセ:村上敏明
エスカミーリョ:アレクサンドル・ドゥハメル
カエラ:砂川涼子
スニガ:妻屋秀和
モラレス:吉川健一
ダンカイロ:町 英和
レメンダード:糸賀修平
フラスキータ:森谷真理
メルセデス:金子美香

 

感想

アレックス・オリエは『トゥーランドット』で、男性社会の加害性を明らかにする衝撃的な演出をしていた。今回の『カルメン』も、男性の暴力性を強調した演出である。

端的に言うと、ホセはDV男で、カルメンにフラレてストーカーになり、ついに殺してしまうというストーリーになっている。

もともと『カルメン』の舞台はスペインだが、今回の演出では現代の東京になっている。カルメンは歌手、ホセは警察官という設定。なので、オペラなどの古典を見るときにありがちな「昔の話を現代の価値感で判断するな」が粉砕されている。

 

この演出では、ホセは思い込みが強くて嫉妬深くて暴力的な、DVストーカー野郎である。

カルメンとホセの初対面は、カルメンがライブで客席に投げた花を警備員のホセが受け取るというふうになっているのだが、カルメンからすれば単に客席にサービスしただけなのに、ホセは「悪魔の誘惑」だの「悪女」だの、酷い言いよう。この時点で相当にヤバイやつの雰囲気が出ている。しかも、カルメンと再会したとき、その花をタトゥーにして彫ってくるのは本当に重い。普通の中年太りのおじさんなのに、胸にでかい薔薇のタトゥー・・・キモすぎ!

カルメンは芸能界の女なので、芸能界にドラッグとやくざはつきもの(?)、ヤクの密売で儲けている仲間がいる。カルメンはホセに対して、警察の仕事をやめて自分と一緒にヤクの密輸をやれという。これは、ホセが重過ぎるので、意地悪を言って試してみたくなったんじゃないかと思う。

カルメンと付き合い始めたホセはどんどん束縛が激しくなり、カルメンが他の男に愛想を振りまくとキレて椅子を倒したり、刃物を持ち出して暴れたりするので、カルメンの仲間のヤクの売人たちも手がつけられない。

こんなDVクズオッサンのホセにも、若くて真面目な婚約者のミカエラがいる。何故?ミカエラはわざわざヤクの密輸人になったホセを探しに来てくれるのだが、ホセはミカエラのことも突き飛ばしたりしてひどい。ヤクの密輸人のレメンダードとダンカイロが「お嬢さん、こんな男やめて帰ったほうがいいよ笑」みたいな動きをしてて可笑しかった。しかし、ミカエラから母親が危篤だと聞くと、カルメンに悪態をつきながら田舎に帰っていく。DV男でしかもマザコンかよ。典型的すぎるだろ。

ホセと別れたカルメンは、スポーツ選手のエスカミーリョと付き合い始める。カルメンは歌手なので、うだつの上がらないおじさんホセに比べたらよっぽどお似合いカップルである。エスカミーリョの試合を見に来たカルメンだが、女友達のフラスキータとメルセデスに、ホセがいるらしいから気をつけて、と忠告される。カルメンは、自分は殺されても自由な女として生きる、という。この場面、カルメンもフラスキータもメルセデスも、ストーカー男に狙われると本当に命に関わると知っている人間の言動なのでつらい。もしかしたら、以前DV男に殺された女友達がいたのかもしれない。

結局、カルメンはホセに刺し殺されてしまう。ホセは最後まで(お前が俺を振ったせいで)「俺の魂が救われない」などと、DV野郎の典型的な台詞を吐き続けるので最悪。殺したあとも「俺のカルメン!」だからね。いや~~やだね。

暴力的な男が思い通りにならない女を殺す、という非常に救いのない話になってしまっているので、観劇としての後味は悪い。でも、『トゥーランドット』と同様、歌詞はもとのものと変わっていない。よくある演出だと、ホセは善良で純情な普通の男で、「特殊な」女であるカルメンに振り回されるというふうに描かれる。でも本当は、こういうありふれた胸糞わるい現実に、われわれの社会は「純情な男を悪女が誘惑する」とか「ファム・ファタール」とかの神話を多い被せてエンターテインメントにしてきたのだ。

カルメン』という作品は、フランス人が描いたスペインの話で、しかも登場人物は「ジプシー」だから、かなりオリエンタリズム的な視線でつくられた作品だ。それに対して、この演出では、現代の東京を舞台にすることで、徹底的に身近な話にしている。

しかし、アレックス・オリエ氏はいつもこういう作風なんだろうか。実はどんなオペラでも男の暴力性という観点で演出できちゃったりして・・・

 

ホセ役は、もともと予定されていたキャストから、代役で村上敏明さんに代わったらしい。冴えない日本人のおじさんという感じでいい味を出していた(ごめんなさい)。冴えない普通のおじさんの暴力性がどんどん明らかになっていくのは迫力がある。ホセの衣装も、はじめはスーツだったのに最後は革ジャンになっていて、どんどんオラつきが外見にも表れてくるのが可笑しかった。

カルメン役のステファニー・ドゥストラックさん、始めの方は妙にもったいぶった歌い方でなんだかなーと思ったけど、後半はハッキリしてきて良かった。「ハバネラ」のアリアの場面はライブという設定のため、カルメンは舞台面の奥側のステージの上で歌っており、声が遠く、そんなに客席から遠いところで歌わせなくても・・・という気持ちになった。

カエラ役の砂川涼子さんは、真面目で意志の強い女性という役柄に合った声で、すごく良かった。ミカエラの衣装は真面目な女子っぽさが出てて良い。冒頭、ミカエラに警官たちが、「お姉さん、俺たちのところで休んでいきなよ(ニヤニヤ)」と絡む場面では、女性警官がミカエラを助けて逃がすという演出になっていて、細かいところでも男の暴力をちゃんと加害として描いているなあと感心した。

 

ホセ役が日本人になったことで、主要キャストのうちカルメンエスカミーリョだけが外国人になっているのだが、これが結果的に面白い効果を生んでいるような気がした。もとの歌詞だと、カルメンはロマであり、それゆえに自由な女であるという設定である。この演出だと、カルメンの民族的出自については特に描かれていないのだが、カルメンが外国のルーツを持っているとすると面白いと思う。冒頭、カルメンは自分のライブでスタッフの女性と喧嘩して、警察に取り押さえられて投獄されそうになるのだが、現代という設定なのであまりにも不当だろうという印象になる。ここで、カルメンが「外国人」(に見える外見)だとすると、現代で「外国人」(に見える人たち)が警察に受けている暴力的な迫害を彷彿とさせる。個人としての男の暴力だけでなく、国家の暴力装置についても表現されていて面白いなと思った。

 

演出も衣装も外国のクリエイターにも関わらず、現代の日本社会がすごく正確に描かれているのには驚いた。特に、衣装がものすごく正確で、群集に原宿系っぽい女の子がいたり、細かいところまで現代の日本のリアリティが追求されている。

ただ、カルメンはそれなりに人気のある歌手らしいのに(ライブ会場の警備がすごい)、衣装が場末のスナックのママみたなペラペラのダサいドレスなのは気になった。

あと、闘牛場の場面では、芸能人らしき人たちがレッドカーペットを歩いているので、映画のプレミアイベントのようなイメージかと思ったのだが、エスカミーリョだけは普通の闘牛士の衣装なのが謎だった。酒場の場面では、エスカミーリョはサッカー選手とかかな?と思ったのだが・・・

 

See also:

iceisland.hatenablog.com