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観劇日記

平和への祈り|ミュージカル『カム・フロム・アウェイ』2021年(配信)

Apple TVで『カム・フロム・アウェイ』(Come From Away)の配信を見た。

2017年にトニー賞の候補になった作品である。今回の配信は、映画の形式ではあるが、今まさにブロードウェイで上演中の舞台の映像化だそうだ。

 

あらすじ

2001年9月11日、ニューヨークの同時多発テロにより、アメリカ全土の空港が封鎖され、アメリカに向かっていた飛行機は行き先変更を余儀なくされた。カナダのニューファンドランド島にあるガンダー国際空港では、カナダ最大の38機の飛行機を受け入れた結果、7000人の乗客と乗務員がやって来ることに。

空港に隣接する人口9000人の小さな町ガンダーでは、乗客達の受け入れのため、避難所や必要物資の調達に大忙し。非常事態で不安な思いを抱えていた乗客たちも、ガンダーの住人に暖かく迎え入れられ、交流するなかで心を開いていく。

3日間の滞在の後、空域封鎖が解除され、乗客達は去っていった。事件によって失われてしまった命や、壊れてしまった人間関係もあれば、新しい出会いもあった。

乗客達はガンダーの住民に感謝し、寄付を募って奨学金を設立。事件から20年経った今でも、住民と乗客の交流は続いている。

 

感想

悲惨な事件の裏のほっこりいい話、と思って見始めたけれども、単純なハッピーエンドにはではなく、事件で失われた命や表出した差別がきっちり描かれている骨太な作品だった。

ただし、事件の具体的な描写は全くない。やはり、フラッシュバックを起こしてしまったり、辛い記憶が蘇ってしまう人が多いだろうから、配慮されているなと感じた。

当時、自分は日本に住んでいる子供だったので、別に知り合いが関係あったりはしないが、東日本大震災のときの体験を思い出した。状況がよく分からないまま学校に泊まって、次の日の朝テレビを見て愕然としたんですよね・・・だから、乗客たちが事件のことを知らされないまま飛行機の中で一夜を過ごし、避難所でテレビを見る場面はすごく共感してしまった。

 

宗教の扱い方について

9.11が宗教に由来する事件だけに、宗教に関係するエピソードがいくつも挿入されている。争いを生んだのは(直接的には)宗教だが、人と人をつなぎ、平和を求めるのも宗教だというメッセージに希望が持てた。

 

1つ目は、言葉の通じない乗客を受け入れた救世軍の兵士が、聖書のページを指差して、安心してと伝えるエピソード。

何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。

ピリピ人への手紙(口語訳) - Wikisource

この場面は短いけど、言葉の違いを信仰がつなぐという、すごくいいエピソードですよね。あと、聖書の文句を覚えている救世軍の人がえらい。まあ、イスラームであればみんなアラビア語がある程度分かるので、言葉が通じないという自体はそもそもないわけですが。

 

2つ目は、ほとんどプロテスタントばかりのガンダーの町で、様々な宗教の乗客たちを受け入れるのに苦心する場面。カトリックの教会を求める人、お祈りの場所を求めるムスリムユダヤ教のラビなど、いろいろな宗教の乗客たち。彼らがそれぞれの言葉でお祈りの言葉を唱える。ここ、英語以外は字幕になっていないので、調べました。(イスラーム以外は)全部平和への祈りなんですよね・・・

英語の部分は「聖フランシスコの平和の祈り」。カトリックでもプロテスタントでも使われる祈祷文とのこと。しかも歌うのがゲイのケビンという。

Make me a channel of your peace:
Where there is hatred
Let me bring your love
Where there is injury
Your pardon, Lord
And where there's doubt
True faith in you

Make me a channel of your peace
Where there's despair in life
Let me bring hope
Where there is darkness, only light

And where there's sadness, every joy

O master, grant that
I may never seek
So much to be consoled
As to console
To be understood
As to understand
To be loved
As to love with all my soul

主よ、わたしをあなたの平和の道具としてください。

憎しみのある所に、愛を置かせてください。

侮辱のある所に、許しを置かせてください。

分裂のある所に、和合を置かせてください。

誤りのある所に、真実を置かせてください。

疑いのある所に、信頼を置かせてください。

絶望のある所に、希望を置かせてください。

闇のある所に、あなたの光を置かせてください。

悲しみのある所に、喜びを置かせてください。

主よ、慰められるよりも慰め、理解されるより理解し、愛されるよりも愛することを求めさせてください。

(訳はWikipediaより引用しました。フランシスコの平和の祈り - Wikipedia

 

ヘブライ語の部分のOseh Shalomはイスラエル民謡とのこと。この場面はメロディーもイスラエル風ですごく素敵ですね。イスラエル民謡好きなんですよね。

Oseh shalom bim’romav
Hu ya'aseh shalom aleinu
V'al kol yisrael
V’imru, v’imru amen

Ya'aseh shalom
Ya'aseh shalom
Shalom aleinu v'al kol yisrael
Ya'aseh shalom
Ya'aseh shalom

Shalom aleinu v'al kol yisrael

高きところより平和をもたらされる主よ

主はわれらに平和をもたらされる

全てのイスラエルの民に

アーメン

主はわれらに平和をもたらされる

全てのイスラエルの民に

(日本語訳が見つからなかったので英語への翻訳を参考にしました)

 

アラビア語の部分はイスラームのお祈りの文句から抜粋しているようです。イスラームのお祈りでは音楽は使わないので、ここは歌ではなく台詞になっています。

Allahu Akbar
Subbhaan Rabbi al Azeem
Allahu Akbar
Subhaan Rabbia Al-Aala’a
Allahu Akbar
Alhamdulilah

アッラーは偉大なり

偉大なるわが主の栄光をたたえ奉る

アッラーは偉大なり

荘厳崇高なわが主の栄光をたたえ奉る

アッラーは偉大なり

アッラーよ栄光あれ

(訳はIslamic Cente Japanを参考にさせていただきました)

 

ヒンドゥー教のお祈りの部分は、Asato Maaというマントラだそうです。サンスクリット語なのかヒンドゥー教なのか分かりませんでした・・・ヒンドゥー教ではああやってお祈りするんですね。見たことがないので知らなかった。

Asato maa
Sad-gamaya
Tamaso maa
Jyotire-gamaya
Tamaso maa
Jyotire-gamaya
Mrityor-maamritan
Gamaya
Om shaantih
Shaantih shaantih

おお神よ

どうか真ならざるものから真なるものへと我を導きたまえ

闇から光へと我を導きたまえ

死から不死へと我を導きたまえ

おお、平和あれ、平和あれ、平和あれ

(訳はこちらのブログを参考にさせていただきました)

 

あと、ムスリムの乗客、アリに対する差別の描き方もちゃんと描かれていて、良かった。乗客たちだけではなく航空会社も、彼に対して差別的な扱いをしてしまうわけですが、実話に基づいておりモデルになった人や会社もいるにも関わらず、過去の過ちをきちんと描けるのはやはり偉いなあと思う。事件から10年以上経ったからこそ描けるのかもしれませんね。

 

演出について

群像劇ですが、一番主人公的な立場なのは、機長のビバリーアメリカン航空初の女性機長でもあり、彼女が半生を歌うMe and the Skyは曲もカッコいいし、ビバリーを演じるJenn Colellaさんの歌い方もすごいカッコいい。"They can get their own drinks"(飲み物は自分で準備しろ!)の笑い方とか、超クールでスカッとする。ミュージカルには女性解放の歌が無数にあって、ファンタジー世界で活躍して女の子をエンカレッジするような曲ももちろん好きですが、同時代を生きる先輩の歌ってやっぱり感動しますね。

ゲイのケビンとケビンのカップルが別れてしまうのは悲しいなあ。別れもあれば出会いもあるということなんだろうけど・・・非常事態のちょっとしたすれ違いで別れなくってもいいじゃん!仲直りしてよ~と思いながら見ていたが、復縁してくれなくて悲しい。

労働組合員としては、ストライキ中のバス運転手たちが、「緊急事態」だからといって簡単にバスを動かしてくれないのが良かった。日本だと、「緊急事態」に国家に従わないなんて「非国民」ということになりがちなので、こういう気骨はすごいなあと思う。

 

たくさんのガンダーの住民や乗客たちを、10人強のキャストで演じる。当然、衣装や話し方で演じ分けるのだが、非常に上手くて、最後まで同じ役者さんだと気づかなかった部分まであった。今年は、配信ばかり見ているせいなのか、コロナ禍でコンパクトなカンパニーの演目が人気なのか、一人の役者さんが複数の役を演じるミュージカルをいくつも見ているのだが(国内の『ダブル・トラブル』、韓国の『ジェントルマンズ・ガイド』『キム・ジョンウク探し』『伝説のリトルバスケ団』、全部配信だけど)、やはりブロードウェイはレベルが違うと思わされた。それに、早着替えを頑張るというよりは、ジャケットや帽子などの小物で素早く役を変えていて、スマートだった。

舞台セットも非常にシンプルで、椅子と机だけ。並べ替えることで、飛行機の中や酒場を作っているのだが、照明や撮影の工夫によって並べ替えているところに視線がいかないようになっているし、並べ替えの動作も最小化されていて、非常にスピーディな場面転換が実現されていて驚いた。

あと、観客に向かって「そのとき私は○○した」と回想するような台詞が多かった。ドキュメンタリー番組みたいにするためだと思うのだが、ユニークな演出で面白い。

 

音楽は、ニューファンドランドの文化に対するリスペクトが感じられてとても好きだ。民族音楽の楽器がいくつも使われていて、ケルト音楽に似ている。カーテンコールでもバンドの見せ場が多くて嬉しかった。

ニューファンドランド島は、現在はカナダに属しているが、第二次世界大戦までは英連邦の自治領としてほとんど独立国家のような感じだったらしい。(Wikipedia参照)島民であることを誇りに思っている人たちだから、"I am an Islander"という歌詞になるんだなと納得。

ちなみに、劇中で、「何もない」だの「岩場」だの言われていて気になったので調べてみたところ、ニューファンドランド島は、面積は北海道よりも少し大きく、人口は北海道の10分の1くらいだそうだ。たしかに結構な田舎のようだ。

 

劇中に"the middle of nowhere"という歌詞がたびたび出てくるので、The Band’s Visitを連想してしまった(Welcome to Nowhereという曲がある)。The Band’s VisitはCome From Awayの次の年のトニー賞受賞作だが、プロットは大体同じで、異文化からの客を田舎の人たちが暖かくもてなして交流するというもの。民族音楽が使われているのも共通点だし。

The Band’s Visitはホリプロが上映権を獲得したという噂を聞いた気がするが、その後音沙汰がなくて寂しい。上演待ってます!

→追記:上演されました。ありがとうホリプロ

→さらに追記:『カム・フロム・アウェイ』もホリプロで上演決定したとのこと。ありがとうホリプロ

 

See Also:

ファン層が被っていそうな(?)ボブミュの感想を貼っておきます。

iceisland.hatenablog.com

ホリプロさんありがとう!

iceisland.hatenablog.com