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観劇日記

フィクションの力の表面と裏面|ミュージカル『蜘蛛女のキス』2021年

『蜘蛛女のキス』を見てきた。共産主義者が出てくるという前情報だけで見ることにした作品だが、凄かった。感情が振り回されて疲労困憊するという良い観劇体験をさせてもらった。

 

基本情報

2021年12月11日(土)マチネ@東京芸術劇場プレイハウス

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キャスト

モリーナ:⽯丸幹⼆
蜘蛛⼥∕オーロラ:安蘭けい
バレンティン:村井良⼤

所⻑:鶴⾒⾠吾
モリーナの⺟:⾹寿たつき
マルタ:⼩南満佑⼦
マルコス:間宮啓⾏
エステバン:櫻井章喜

 

あらすじ

主人公のモリーナは、とある南米の刑務所に服役している。刑務所では看守による暴力が横行している。性的マイノリティであるモリーナも虐めを受けているが、大好きな映画の世界へ逃避することで日々をやりすごしている。

社会主義者政治犯のヴァレンティンが同室となる。当初はモリーナを嫌っていたヴァレンティンだが、共に刑務所の拷問に耐えるうちに親密になり、モリーナの語る映画の話も楽しむようになる。

実はモリーナは、刑務所の所長からヴァレンティンの秘密を聞き出すように要求されていた。秘密を聞き出せば、病気の母に会えるよう、モリーナを釈放するという。

所長に応じて出所することに決めたモリーナ。最後の夜、モリーナとヴァレンティンはベッドを共にする。その代わりに、ヴァレンティンはモリーナに恋人への伝言を頼む。

出所して、ヴァレンティンの伝言を伝えたモリーナ。尾行していた看守たちに捕らえられ、拷問されるが、ヴァレンティンへの愛を貫くために死を選ぶ。

 

感想

物語の世界の強大な力について

物語の世界に逃避していたモリーナが、自分の人生を劇場にしてしまう話だ。

モリーナはすごく映画好きで、お気に入りの映画の台詞を全部覚えているほどだ。単に好きならいいが、モリーナにとって映画は苦しい現実から逃れる手段になっている。刑務所はまるで人権無視のひどいところで、特に性的マイノリティであるモリーナは看守たちから虐めを受けている。そんな毎日を、モリーナは映画の妄想で上書きすることで生き抜いている。

そして、直接は描写されないが、刑務所に入る前も差別されて生きてきたことが示唆されている。パンフレットによれば、この時代、性的マイノリティが幸せな人生を生きることは考えられなかったそうだ。刑務所に入る前から、モリーナにとって映画は辛い毎日から逃れる手段だったのだろう。

だからなのか、モリーナの現実認識能力にはちょっと問題があり、他人を理想化しすぎるクセがあるようだ。特に、女性を理想化する傾向が激しい。モリーナがゲイ男性なのかトランス女性なのかは明確にされていないのでなぜか分からないが、とにかく、すごく女性に憧れている。美しい女優であるオーロラと、優しく全てを受け入れてくれる母。モリーナがオシャレが大好きですごくケア能力も高いのは、この2人を理想としているからだろうか。

 

辛い現実から逃避してフィクションの世界に耽溺していたモリーナ。出所したモリーナを待っていたのは、今まで逃避してきた現実だ。想像の中では若々しかった母は病気になり、自分を理解してくれていると思っていた男友達には冷たくされる。

しかし、モリーナは現実と向き合って生きていくという選択肢をとらなかった。その代わりに、自分の人生を物語にしてしまう道を選んだ。

モリーナが出所した後、皆がモリーナに注目する。ヴァレンティン、刑務所の所長、囚人たち。皆、モリーナが自分の期待するストーリーに沿って動くかどうか、固唾を呑んで見守っている。

モリーナは、自分の人生で一番注目され、劇的に死ねる場面を選んで死んだ。マイノリティであるために、人に愛されて幸せになることも期待できない人生の中で、唯一「恋人のために命を投げ出す悲劇のヒロイン」になれる道だった。

 

死後、モリーナは憧れのオーロラの衣装に身を包み、皆に拍手されながら舞台上でダンスする。このシーンについて、演出の日澤さんのコメントには、モリーナは「自分で自分の行き先を決めた」から「讃えられている」とある。本心だろうか?このシーンは痛烈な皮肉にしか見えなかった。

モリーナの人生劇場の観客は、お母さんやヴァレンティン、同僚といったモリーナに好意的な人たちばかりではない。モリーナを虐待し利用してきた刑務所の所長や看守たちも、ニコニコ顔で拍手している。この人たちがモリーナの人生を素直に讃える訳はない。このラストシーンは、モリーナの願望だ。ヒロインのように劇的に死ぬことで、周囲の人たちに注目され認められたかったのだ。その願望を劇場のように演出するのは、モリーナは所詮自分に酔っているだけだと戯画化しているようにしか思えなかった。

 

ヴァレンティンは、モリーナと対になる登場人物だ。ヴァレンティンは、ひどい社会を変革していこうという思想を持っているから、現実から逃避してフィクションの世界に浸っているモリーナとはいっけん正反対に見える。

でも、本当はヴァレンティンの思想も、モリーナと同じ自己陶酔にすぎないのだ。

物語のなかで、ヴァレンティンの世界とモリーナの世界はだんだんと近づいていく。初めはフィクションを馬鹿にしていたヴァレンティンが、モリーナのリアルな語りに惹きつけられて、映画の話を聞くのが好きになっていく。同時に、ヴァレンティンとモリーナ自身も親密になっていく。

その頂点は、モリーナがヴァレンティンに語る『サンクトペテルブルクの炎』という映画だ。オーロラが演じる歌手の女性が、革命家の恋人を命を挺して助けるというストーリーで、わざとらしいほどモリーナとヴァレンティンに設定を似せている。ヒロインは、死の瞬間"Viva, revolution!"と叫ぶ。モリーナのフィクションの世界とヴァレンティンの革命の世界が交わる。

革命思想のために命を投げ出すようなあり方も、自己陶酔にすぎない。宗教を民衆の阿片と批判するが、社会主義だって夢のようなものじゃないか。そう言われているような気がした。

 

映画をはじめとした物語の世界がとても魅力的で、人生を変えてしまうほどの強いパワーを持っていることを描いている作品だ。

オーロラと蜘蛛女は、物語のパワーの表面と裏面を象徴しているのではないかと思う。人生の伴走者となって辛いときにサポートしてくれる、フィクションの良い面がオーロラ。人生を飲み込むほどの強い力を持つ、危険なほど魅力的な裏の面が蜘蛛女。

モリーナは生きている間は蜘蛛女を怖がっていたが、最後には自身がオーロラとなって蜘蛛女とキスする。オーロラと蜘蛛女が一体になって、モリーナは物語の世界の優しい面も恐ろしい面も味方にすることができたのだろうか。

 

キャストについて

モリーナ役の⽯丸幹⼆さん。かわいいです。「オカマ」で性犯罪者のモリーナという特異な主人公を好きになることができないと成立しない作品だが、キュートだ。キュートすぎてヴァレンティンがなんでモリーナを嫌がるのかよく分からん感じになっていたので、もう少しウザイ感じでも良いのかもしれないが。性犯罪については、あまり嫌悪感を持たないような説明が入っていて良かった。

 

ヴァレンティン役の村井良⼤さん。DEATH NOTEの村井さんの動画を見て、演技のうまさにしびれ、絶対ヴァレンティンは村井さんで見るぞと思って行ったんですが、良かった。

ヴァレンティンは案外歌が少ない役で、特に前半はヴァレンティンの本心はあんまり伝わってこなかった。2幕のベッドシーンで「モリーナとセックスする代わりに利用してやろう」と歌いだしてから、「こいつ、そんなこと考えてたのか!」と突然物語に引き込まれた。演技のリアリティもすごい。やたらに優しい話し方とか、「したいから」とか、他人を利用するためにセックスする男・・・という感じだった。

 

刑務所でモリーナとヴァレンティンを虐待する、所長役の鶴⾒⾠吾さん、看守のマルコス役の間宮啓⾏さんとエステバン役の櫻井章喜さんは、ミュージカルの役者さんではないようだ。ものすごく嫌な感じのする演技で、良かった(褒めています)。エステバンが牢屋の鉄格子を警棒でガンガン叩きながら歩くところ、子供みたいな仕草で何気なく嫌がらせをするというのが、すごく暴力を振るうことに慣れている人間という感じだった。

 

東京芸術劇場プレイハウスは初めて行ったけど、雰囲気の良い劇場だった。座席の傾斜も大きいし。

オケの人数も多く豪華だったので、スピーカーに近いサイドの席だったのは悔やまれた。

 

See also:

南米つながりでエビータ。南米の政治が全く分からないので、調べたい。

iceisland.hatenablog.com