RED & BLACK

観劇日記

帝国主義的な脚本|ミュージカル『ザ・ビューティフル・ゲーム』2023年

『ザ・ビューティフル・ゲーム』見てきました。

サッカーの話と聞いていたので全くチェックしていなかったのですが、先に見ていたフォロワーさんから北アイルランド紛争の話だと教えていただき、慌てて行ってきました。

 

基本情報

2023年1月22日(日)マチネ@日生劇場

 

キャスト

ジョン:小瀧望

メアリー:木下晴香

トーマス:東啓介

クリスティン:豊原江理佳

バーナデット:加藤梨里香

ダニエル:新里宏太

ジンジャー:皇希

デル:木暮真一郎

オドネル神父:益岡徹

 

感想

舞台は1969~1972年の北アイルランドベルファスト。マイノリティのカトリックであるために抑圧されつつも、サッカーに打ち込む少年少女たち。

前半では、主人公ジョンはノンポリ、メアリーは平和的な公民権運動を支持、トーマスは暴力による抵抗も辞さないと考えるナショナリスト、唯一プロテスタントの家に生まれたデルはリベラリストと、キャラクターたちの互いに異なる政治的立場が描かれている。また、プロテスタント武装集団が町を行進したり、ジンジャーが殺されてしまったりと、カトリックの人々に対する苛烈な抑圧も描写されている。

だから、前半は、『アリージャンス』や"The View Upstairs"のように、抑圧されたマイノリティのコミュニティの中で、抑圧に対する抵抗の仕方や考え方の違いによって分断が生じてしまうストーリーなのかと思った。

『アリージャンス』では第二次世界大戦中の日系アメリカ人コミュニティの中で、人権を求める運動を展開しようとする立場と、アメリカ人として有用性を示すことで待遇を改善しようという立場とが対立するというストーリーだった。また、"The View Upstairs"では、LGBTQコミュニティの中で、権力に対する態度の違いで分断が生じてしまうという悲劇が描かれていた。この系統の作品は、マイノリティを過剰に美化せずに抵抗を描いていて、好感が持てると個人的には感じている。

 

しかし、2幕になると、トーマスやIRAのような暴力による抵抗は、明確に「悪」として描かれるようになっていく。不当逮捕されたジョンが獄中でIRAのシンパになっていくのは「洗脳」であり、トーマスは自分が生き残るために仲間を売る卑怯者とされる。最終的には、抵抗しても勝てないと非暴力的な抵抗すらも諦めて、家庭生活に戻っていくという結末(ハッピーエンド!)。

アイルランド系当事者が作った作品であればこういう脚本でもいいのかもしれないが、脚本家のベン・エルトンも作曲家のアンドリュー・ロイド・ウェバーもロンドン生まれのイギリス人(ブリテン人)、つまり侵略者側なわけで、さすがにこれはないだろう。この結末だと、「仲間が殺されても、不当に投獄されても、黙って従え」「それよりも、(神の教えに従って)結婚して子供でも作っとけ」というメッセージになってしまっている。さすがに帝国主義しぐさがすぎる。

 

そして、アンドリュー・ロイド・ウェバーがこんなに価値観の押しつけが激しくて説教臭い話を作るのは意外だった。アンドリュー・ロイド・ウェバーといえば、宗教にしろ政治にしろ全方位を冷笑するスタイルだと思っていたが。

例えば、1幕のGod's Own Countryでは、メアリーが愛国心を歌うのと同時に、プロテスタントの少女がほとんど同じ歌詞を逆の立場から歌うことで、メアリーの立場を相対化するという演出がされる。アンドリュー・ロイド・ウェバーらしい冷笑的な態度だが、まあ(よく言えば)中立的ともいえる。一方、2幕では一転して保守的な価値観を押し付けるようなストーリー展開なので、すごく不自然だと思った。

調べたところ、初演ではジョンは家庭に戻るのではなく、IRAの革命戦士として生きていくというラストだったらしい。そちらの方がアンドリュー・ロイド・ウェバーらしいし、前半の展開からも自然なのに、なんで変えたんだろうか。

 

 

アンドリュー・ロイド・ウェバー作曲にもかかわらず、音楽の魅力はあんまりない。バラードが多くてつまらないし、あまりにもリプライズが多用されすぎており、同じ曲の繰り返しばかりでさすがにうんざりした。クリスティンとデルのセックスの場面とパーティの場面の曲が同じだったりと、同じメロディーを使う必然性が感じられない箇所も多く、単に曲を作りたくなくてリプライズにしているんじゃないかと疑ってしまった。唯一、試合の曲は、アイルランド民謡風のメロディーが入っていたり変拍子だったりとALWらしさがあって好みだったが、やっぱり何回も聞かされすぎて閉口した。

 

キャストは若い方ばかりだが、歌やダンスのレベルは高かった。特に、木下晴香さん、豊原江理佳さん、加藤梨里香さんの女子トリオの歌がうまくて流石。男子の中ではジンジャー役の皇希さんが歌うまだった。

訳詞は自然で、特にジョンとメアリーが仲良くなっていく"Don't Like You"は可愛らしくて親しみが持てた。

演出では、試合はダンスで表現されるのだが、ストップモーションが取り入れられていて、本物のスポーツ中継みたいで面白かった。

 

See also:

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