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観劇日記

早すぎたミュージカル化|ミュージカル『SPY×FAMILY』2023年

ミュージカル『SPY×FAMILY』見てきました。

言わずもがなですが漫画原作のミュージカル。歌や楽曲のクオリティは非常に高かったですが、それだけに、原作が連載中の今ミュージカル化してしまったことが本当にもったいなく感じた。

 

基本情報

2023年3月20日(月)マチネ@帝国劇場

キャスト

ロイド・フォージャー:森崎ウィン

ヨル・フォージャー:唯月ふうか

アーニャ・フォージャー:増田梨沙

ヘンリー・ヘンダーソン:鈴木壮麻

シルヴィア・シャーウッド:朝夏まなと

ユーリ・ブライア:瀧澤翼

フランキー・フランクリン:木内健人

フィオナ・フロスト:山口乃々華


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感想

鉄のカーテン」により東西に分断された架空の国「東国」「西国」が舞台。「西国」のスパイであるロイドは、任務のため「東国」に潜入し偽装家族を作ることになる。しかし、偽の娘となったアーニャは人の心が読める超能力者、偽の妻となったヨルは暗殺者、その弟のユーリは「東国」の秘密警察だった。偽装家族がお互いの正体を隠しながらも絆を深めていくというコメディ。

 

なぜ今この原作で・・・

これまで、東宝ホリプロといった大手ミュージカル会社が手掛けてきた漫画原作のミュージカルは、『デスノート』『王家の紋章』『北斗の拳』『四月は君の嘘』といった、既に原作が完結した作品たちだった。(『王家の紋章』は完結していないけど、完結を期待する読者はもはやいないと思うので完結したも同然ということにしても良いように思う・・・)一方、『SPY×FAMILY』は連載中、しかも2019年に連載開始してまだ10巻しか出ておらず、まだまだ終わる気配の見えていない作品だ。

所謂「2.5次元舞台」であれば、続編が制作されることがよくあるから、連載途中の作品が原作でも良いが、東宝ではそうもいかないだろう。原作の連載が終わった後にアップデートされる可能性もないではないが、あまり期待できない。(東宝の制作する)ミュージカル『SPY×FAMILY』は今回のバージョンが決定版になる可能性が高く、非常にもったいない。

 

今回のミュージカル版では、物語のごく序盤だけを採用しているので、単なるほのぼのホームコメディになってしまっている。それはそれでいいのかもしれないが、原作は今後もっと面白くなるポテンシャルがありそうだし、登場人物たちの設定も明かされていくだろうと思うので、それを反映できないのは本当にもったいなく感じた。

 

オープニングナンバーでは、家族にも見せない裏の顔(=スパイ・殺し屋・秘密警察・超能力者)によって世界の平和が保たれていることが歌われる。(これは、原作冒頭のモノローグに由来している。)この曲は1幕ラストやクライマックスでも歌われ、この作品全体を貫いている認識である。

この認識は、ミュージカルの中ではたしかに登場人物たちの共通認識だ。しかし、おそらく原作が完結するときには変化が生じているだろう。

まず、家族の裏の顔が露呈する展開にならないと面白くないので、いつか家族の本当の姿を知ることになるだろう。また、そうなった場合、ロイドとヨル(とユーリ)の組織は敵対関係にあるので、国際情勢が安定して敵対関係が解消されるか、2人のどちらかが組織を抜けるかしかない。実際、最近の原作の展開では、ヨルは暗殺稼業に疑問を感じ始めている描写がある。原作のラストがどのようになるかは全く分からないが、おそらく、お互いの「裏の顔」を知り、本当の家族になるという展開になるだろうと思う。

それを踏まえると、オープニングナンバーとクライマックスの曲が同じというのは非常に不自然な感じがする。物語の最初と最後で、主人公の認識が変わっていない、(=成長していない)ということになってしまうから。原作が完結する前にミュージカルを作ってしまうからこういうことになってしまったんだと思う。

 

また、おそらく原作ではこれから登場人物たちの掘り下げが行われていくと思われるが、それを反映できないせいで、登場人物の描写が薄っぺらくなってしまっていた。そして、このストーリーの中では、スパイ・殺し屋・秘密警察といった、法の支配の外の存在が「いい人たち」として描かれているが、それを正当化する描写もほとんどないので、非常にナイーブな印象になってしまっている。

原作では、ロイドが対峙する敵の描写がもう少し丁寧だし、スパイになったきっかけとなった戦争についても描写されるので、「スパイ活動は東西平和を守るため」というロイドの認識に一定の説得力がある。しかし、ミュージカルでは小物っぽい敵としか対峙しないのであまり説得力がなく、ロイドの思い込みという可能性も捨てきれない感じになってしまっている。

また、ヨルの暗殺組織や、ユーリが所属する秘密警察も、法治主義の外で国民に苛烈な暴力をふるっていることが示唆され、かなりヤバい組織だろうと思うが、ヨルもユーリも、それが良いことと信じて働いているようだ。そんなヨルとユーリが、良い人としてそのままほのぼのファミリーの日常に接続されているので怖い。ブラック・コメディならいいんだけど・・・

特に秘密警察は、軍服のせいもあり、かなりスタイリッシュでカッコよく描写されてしまっているが、市民を拷問するような組織を何のエクスキューズもなくこんなにカッコよく描いちゃイカンだろうと思った。このあたり、日本版『プロデューサーズ』を見たときの感覚とほぼ同じだ。

こういう感じなので、ロイド、ヨル、ユーリは市民を「守っている」と信じているが、それを観客が手放しで信じられる状態になっていない。そのため、市民(アンサンブル)がたくさん登場することにも違和感が生じてしまっていた。

 

あと、2時間半を持たせようとしているからなのか、尺が余っているのも気になってしまった。2幕の大半(シルヴィアの曲とか、古城でスパイごっこをするシーンとか、フィオナ登場の曲とか)は、いらなかったと思う。1幕まではテンポよくまとまっていたので、残念だった。

 

なぜ帝劇で・・・

脚本のG2さんが「家族というミニマムの世界を帝国劇場という大空間でミュージカルとして成立させる・・・実はこれ、かなりの至難の業です」とプログラムに書いているように、正直、ホーム・コメディというストーリーと、帝国劇場という大きいハコは全くマッチしていない。「この至難の業」を解決するために、アンサンブルと舞台美術を豪華にして舞台面を埋めるという方法をとったようだが、無理矢理感は否めなかった。

アンサンブルは20人以上もいて、たしかに非常に華やかだった。15000円のチケット代も、アンサンブルさんのギャラになると思えば許容できる気がする。しかし、アンサンブルがいなくてもいいような場面にもアンサンブルがいて過剰な感じがしたし、人数も多すぎる。学校の先生あんなにいないでしょ。また、そもそも、前述したように、この作品に「市民」が登場するのは不自然なようにも思える。

舞台美術は、3つの回転盆がフル活用されており、ほとんど常にどこかが動いていて、これまた賑やかな雰囲気に貢献している。ただ、「表の顔と裏の顔」という舞台美術のデザイン意図はいまいち伝わってこなかった。劇場ロビーに舞台美術の模型が飾ってあるのは良かったし、これからもやってほしい。

 

歌は良かった

若手のキャストが多かったが、歌のレベルが高かったのは嬉しい誤算だった。

ロイド役の森崎ウィンさんは初めて生で拝見したのですが、想像以上に上手かった。去年『ピピン』が中止になって見られなかったのが本当に惜しまれる。日本語が母国語ではないにもかかわらず、早口で喋る場面でも活舌がよく聞き取りやすかった。

ヨル役の唯月ふうかさんもめちゃくちゃ歌が上手く、感情がよく伝わってきた。2017年に『デスノート』で拝見したのが最初だったと思うのですが、すごい成長。

ユーリ役の瀧澤翼さんも、かなり若い方ですが、ダンスがとても上手で存在感があった。ダンサーさんなのかな?全体主義ダンスかっこいいよ。かっこよくちゃいけないけどね。去年の浅草九劇の『春のめざめ』に出ていらっしゃったらしく、見たかった。今年も出てくれないかな。

そして、ヘンダーソン先生役の鈴木壮麻さんのダントツの存在感!声質が柔らかくて本当に聞きほれた。

フランキー役の木内健人さんにソロがなかったのは残念。なぜ!?

 

楽曲も良かった

作曲はかみむら周平さんという方で、これまで編曲や音楽監督としてミュージカルに携わってこられた方のようですが、非常に良かったです。

全ての曲が非常にキャッチーで親しみやすい。そして、普通の喋りから歌に、歌から喋りに、という移り変わりが非常に自然で、コメディの雰囲気を損なっていない。「いきなり歌いだす」みたいな違和感は全くないです。

日本にも、こんなにちゃんとしたミュージカルの曲を作れる作曲家さんがいたんじゃん!ミュージカル座の山口琇也さんもですが、ミュージカルの音楽監督を務めていらっしゃる方はすごいですね。リーヴァイやらワイルドホーンやら、海外の有名な作曲家を使うのもいいけど、日本発のミュージカルを輸出したいと思うなら、作曲家もちゃんと日本の人を起用してほしい(この作品を輸出する気があるのかは分かりませんが)。

 

異性愛規範とミソジニーがキツい

これは原作からなんですが。漫画だと、男性作者の作品でミソジニーが感じられないものはほとんどないので、そこまで気にしていられないのですが。ミュージカルになって眼前に登場すると結構キツイですね。ミュージカルはある程度私と一致した価値観が提示されるという期待感があるので・・・

まず、作品世界は、非常に異性愛規範がキツイ社会であり、ロイドもヨルもそのせいで偽装家族を作ることになる。冷戦期がモデルなのでそのせいかもしれない。アラサーで未婚だとスパイの疑いで連行されるらしく、怖すぎて全然笑えない。この異常な異性愛規範に対する批判的描写がほぼないので、「異性愛規範万歳!異性愛規範のおかげで家族を作れてよかったね!」という話に見えてしまう。疑似家族の話なので、描写の仕方によってはクィアみを出すこともできそうなものだが・・・

一応、ロイドは比較的リベラルな価値観であり、ヨルが料理ができないことや、セックスワークをしていたこと(本当はしていないのだが)も肯定的に受け止めている。まあ、ヨルの料理の下手さをネタにする描写がなくなっていたのは良かったかな。ただ、シルヴィアの年齢をネタにするのは残っていた。

また、女性キャラがほぼ全員おバカキャラなのも見ていてかなりキツい(例外はシルヴィア)。ヒロインのヨルの造形も、かわいいけど「天然」で自己肯定感が低く自己犠牲的という、ザ・日本の漫画アニメの戦闘美少女なものだし。フィオナは、今回のミュージカルでは、最後に付け足しのように登場して恋愛脳を発揮するだけで、登場させた意図が全く分からないし不快なだけだった。

一番キツイのはヨルの同僚のOLたちで、せめてここだけでもマシにできないもんかね・・・

 

See also:

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日本のエンタメ界、悪を悪として描けない問題。

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