韓国版『モーツァルト!』のストリーミング配信の感想です。
今年の『モーツァルト!』ソウル公演を録画を日本語字幕付の配信で見られるという企画。3種類のキャストを全部見られるというチケットを買って、上映会しました。
筆者は『モーツァルト!』は今回で初見でした。
キャスト
ヴォルフガング | パク・ウンテ | パク・ガンヒョン | キム・ジュンス |
---|---|---|---|
コンスタンツェ | ヘナ | キム・ヨンジ | キム・ソヒャン |
コロレド大司教 | ソン・ジュノ | ミン・ヨンギ | ミン・ヨンギ |
レオポルト | ユン・ヨンソク | ホン・ギョンス | ホン・ギョンス |
ナンネル | チョン・スミ | ぺ・ダへ | ぺ・ダへ |
ヴァルトシュテッテン 男爵夫人 |
シン・ヨンスク | キム・ソヒョン | シン・ヨンスク |
セシリア・ウェーバー |
ジュア | キム・ヨンジュ | キム・ヨンジュ |
シカネーダー | シン・インソン | シン・インソン | シン・インソン |
アルコ伯爵 | イ・サンジュン | イ・サンジュン | イ・サンジュン |
ストーリーについて
この作品は、何のために芸術活動をするのか?という話だと思った。
社会・家庭の中のヴォルフガング
ヴォルフガングは、身近な人(=レオポルト、ナンネル、コンスタンツェ)に愛されたいと思っているが、うまくいかずに絶望する。また、自由な音楽活動をしたいヴォルフガングは、教会の権威や貴族の社会(=大司教)も拒絶する。「天才」として生きる運命に疲れ、やめたいと願うが、彼の内なる才能、あるいは人に愛されたいという欲求(=アマデ)はそれを許さず、音楽活動を強要する。大衆に喜ばれる音楽(=シカネーダー)で成功するが、時既に遅く、ヴォルフガングの心身は限界に達していた。モーツァルトの素晴らしい音楽と、「天才モーツァルト」としての伝説だけが残される。(=男爵夫人)
『エリザベート』のトート、『レベッカ』のレベッカのように、概念などの本当は存在しないものを生きたものとして描くのは、リーヴァイ&クンツェコンビの(ひいてはヨーロッパの芸術の)十八番だ。本作では、モーツァルトの才能の象徴であるアマデだけではなく、他のキャラクターも何かの象徴としての色が強い感じがした。
よくあるモーツァルトの伝記ものは、モーツァルトは天才でちょっとおかしくて、周りの凡人がそれに振り回される、みたいな描き方が多い。この作品は、そういう「天才」モーツァルト像とは少し距離をとっており、「天才」であることや、周囲の人との関わりに苦しむ姿が描かれている。そのため、ヴォルフガングが周囲のちょっと利己的な人たちに搾取されて辛いシーンが多い。
「アマデ」を作り出す家族関係、搾取、依存
この作品では、モーツァルトは青年の姿をしたヴォルフガングと、それに付き従う「天才少年」のままの姿の「アマデ」の2人が登場する。
「アマデ」の存在の背景には、少し歪んだ家庭環境がある。
父レオポルトは、息子の才能に気づき、幼いころから音楽教育を施し、「天才少年」として演奏旅行に連れ出した人物。その底には、自分が実現できなかった音楽家として大成するという夢を、息子に代わりに実現してほしいという欲求が隠れている。ヴォルフガングもおそらくそれには気づいており、自分自身と、自分そのものである音楽を、父に愛してほしいと思っている。
ヴォルフガングはウィーンで音楽的に成功するが、自分の支配下の外で自分には理解できない音楽を作る息子を見て、息子の才能は自分が作ったものではないことを目の当たりにして、拒絶してしまう。
お姉さんナンネルは、子供のころ家族で演奏旅行をしたのを懐かしみ、弟をいつか自分をどこかへ連れて行ってくれる「王子様」とみなすようになる。しかし、ヴォルフガングはその期待に応えず、家族を捨てたと詰る。
父と姉、そして世間の人々が愛しているのは、「天才少年」モーツァルトであって、今の自分ではないという思いが、子供の姿をした「アマデ」を作り出した。アマデウス=神の愛(本当のミドルネームは「テオフィルス」で、これをラテン語にしたもの)のん前を持つ「アマデ」は、愛されたいという欲求を現すインナーチャイルドであり、モーツァルトの「才能」の源泉でもある。「天才モーツァルト」として生きる運命に疲れたヴォルフガングは、音楽をやめたいと願うが、「アマデ」はそれを許さない。音楽は、周囲の人や、世間の人々に愛されることだから。「アマデ」は、ヴォルフガングの意志とは無関係に作品を書くことを強要し、狂わせ、最後には、彼の生命を完全に吸い尽くしてしまう。
妻コンスタンツェはよくあるザ・悪妻!という描写ではなく、ありのままのヴォルフガングを受け入れて愛してくれる唯一の存在。コンスタンツェ自身も家族から搾取されていると意味では、ヴォルフガングとは似たもの同士。いかんせん享楽主義者・浪費家(似たもの夫婦ともいう)だし、実家がありとあらゆる手段でカネをせびりに来るので、生活は破綻。すれ違いの末に家を出て行ってしまう。
音楽と社会
この時代における理性や規律、(教会の)権威や階級社会を体現する存在が、コロレド大司教である。ヴォルフガングは、彼の元では自由な音楽活動ができないと感じてザルツブルグを去る。大司教は、ヴォルフガングの才能を見抜き、ヴォルフガングの音楽は、神の法から外れている「魔法の音楽」であると指摘する。ヴォルフガングの周囲の人々で、彼の音楽の特徴について具体的に言及するシーンがあるのは彼だけなのが悲しい・・・
レオポルトの死後、『魔笛』で成功したヴォルフガングに、大衆的な音楽はやめるように説得するが、ヴォルフガングは「音楽は皆のもの」と言って決別する。教会と決別したヴォルフガングが最後に作曲したのがレクイエムなのが皮肉である。
大司教とは反対に、シカネーダーは、大衆のための音楽を象徴するキャラ。なので、彼のナンバーは演出がブロードウェイ・ミュージカル風(リーヴァイ&クンツェコンビ、大衆風の表現としてブロードウェイ風にするよね・・・)。ヴォルフガングは『魔笛』の成功で、自分の音楽が大衆に受け入れられることの喜びを味わうが、時既に遅しで死んでしまった・・・。今回のバージョンには入っていないが、初演時には、フランス革命の直後、市民の力が強まった時代に『魔笛』が作曲されたことを示すナンバーがあったそうな。
シカネーダーは、登場人物の中でほとんど唯一ヴォルフガングを利用して苦しめることがない。この作品が初演されたアン・デア・ウィーン劇場は、シカネーダーが設立したそうなので、忖度かもしれない(?)ちなみに、史実やウィーン版と違って、シカネーダーと違う人がパパゲーノ役をやっていたのがちょっと残念。
最後に、ヴァルトシュテッテン男爵夫人。ヴォルフガングの上京の件でもめているところに来て、「自分の生きる意味を知り」「金の星を手に入れ」るために、旅に出なさいと説き、ヴォルフガングを導く人物。彼女はおそらく素晴らしい芸術を作って後世に残すことを象徴しているキャラクターで、現代のわれわれの知っている「天才モーツァルト」像を作りあげる存在だと思う。演奏旅行中のモーツァルト一家の前に現れ、子供を搾取しちゃいけませんよ~と言ったり、たびたび予言のようなことを言うあたりも、普通の人間ではなさそうな感じがある。
男爵夫人は、ヴォルフガングの死の直前にも、ヴォルフガングの音楽を評して称える人々と共に現れる。人に愛されるために音楽を作ったヴォルフガングに対して、世間の人々から与えられた評価は「天才」「われわれと同じ人間なのか?」という皮肉なものだった。
演出と音楽について
ウィーン版ほど現代的なわけではなく、基本的には当時をイメージした衣装やセット。しかし、ヴォルフガングやコンスタンツェはジーパンにブーツだったり、ちょっと現代要素は残っている。コンスタンツェ母と姉の初登場時の衣装に豹柄があったのが笑った。豹柄は強欲な人間っぽいイメージなんだろうか。ウィーン版、日本版ではコロレド大司教が赤いコートを着ているが、それはなく、普通に大司教っぽい服だった。
録画なので大道具はあんまり観察できなかったのが残念。階段状のセットは、宝塚の銀橋を参考に作られたそうな。
『魔笛』のシーンで背景に投影される映像が、カラフルな絵の具が広がっていくような感じで、『魔笛』らしくて素敵でした。
音楽は、ロックな曲の中に、ちょいちょい入る実際のモーツァルトの曲がいい感じ。レクイエムのDies iraeに歌詞ついているところが好き。韓国版では、ロック度はウィーン版CDよりは抑えられていてクラシック寄りのアレンジ。しかし、現地でもそうだが、韓国のミュージカルは歌の音量が大きすぎる・・・オケが聞こえなくて残念なので、何とかしてほしい。
『モーツァルト!』に登場するモーツァルトの曲をまとめているサイトさんがあったのでリンクを貼っておきます。他の史実の解説も素晴らしくて参考になる。
http://www4.plala.or.jp/trillweb/t_mozart-composition.html
『魔笛』のシーンでちゃんと夜の女王のアリアを歌えていて凄いなと思った。これを歌える人がいないと上演できないミュージカル、さすがウィーンミュージカルはハードルを軽々と上げてくる・・・
各キャストの比較
ヴォルフガング
パク・ウンテさんのヴォルフガングはかわいくて憎めない、純粋な感じ。あいかわらず歌も演技も超上手い!!!(一昨年に『ジキル&ハイド』を見てからの推し)。ヴォルフガングが周囲の人たちと上手くいかなくなる経緯には、ヴォルフガングが悪い面もいろいろあるのだが、パク・ウンテさんのヴォルフガングはあんまりそれを感じさせないので、相対的に周りの人々のやばさが際立ってしまう・・・アマデウスにインスピレーション?をフヨ~っと送る動作をよくやっていたのが印象的だった。
ジュンスさんのヴォルフガングは激しめで情熱的な感じ。汗だらだらでこっちまで疲れる。初めてジュンスさんのミュージカルをフルで見たけど、予想よりも正統派でちょっと意外?コンスタンツェとのラブシーン、コンスタンツェに「そのままのあなたが好き」って言われたとき、え??って顔をしていたのが特別感あって素敵だった。
パク・ガンヒョンさんは初めて見た方だけど、優しい綺麗な声で聴いていて気持ち良い感じ。辛い場面、苦悩する場面が上手かった。あと、悪ガキっぽい場面もなんとなくリアリティがある演技をされていた。
シカネーダーとの出会いのシーンでは、パク・ウンテさんヴォルフガングは変な動き?をして「ダンスは習わなかったみたいだな」と言われていたが、ジュンスさんとパクガンヒョンさんヴォルフガングはダンス上手いので「もう終わった?」と言われてたのが笑った。
コンスタンツェ
ヘナさんコンスタンツェは可愛くて無邪気な感じ。歌うまで驚いた。
キム・ソヒャンさんコンスタンツェは清純な感じ。
大司教
ソン・ジュノさん大司教、ちょっと変態的すぎで、『ヘルシング』に出てくるやばい司教に似ている(大司教なのに若すぎるのも似ている)。
ミン・ヨンギさん大司教は貫禄ありで渋くて、大司教ぽい。トイレシーンはミン・ヨンギさんの方がなぜか具体的で笑ってしまった。
レオポルト
ユン・ヨンソクさんレオポルトは結構若くて厳しいパパ感。
ホン・ギョンスさんレオポルトの方がちょっとお年を召していて同情してしまう感じ。
パク・ガンヒョンさんの回にもユン・ヨンソクさんが出演されてませんでした?勘違いかな・・・
男爵夫人
シン・ヨンスクさんの男爵夫人はさすが、貫禄がありますね。歌も超絶うまいし、絶対私正しい!感がすごい。どうでもいいが、丸顔で、髪型が宮廷風のどでかいカツラなので、観音様っぽい。
キム・ソヒョンさん男爵夫人の方が優しそうですね。
シン・ソンヨンさんシカネーダーやイ・サンジュンさんアルコ伯爵も、キャラが立ってて魅力的だった。
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