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観劇日記

あるアナキストの大いなる妄想|ミュージカル『エリザベート』2023年(配信)

配信で『エリザベート』を見た。

エリザベート』は今までに2回、2016年に東宝の蘭乃はなシシィ・城田優トートの公演と、2018年に韓国でオクジュヒョンシシィ・パクヒョンシクトートの公演を見ている。2回見たといっても、日本語で見たのは6年以上前なので結構忘れていて、新鮮な気持ちで見ることができた。

 

キャスト

ルキーニ:上山竜治

エリザベート:愛希れいか

トート:井上芳雄

フランツ・ヨーゼフ:佐藤隆紀

ルドルフ:立石俊樹

ゾフィー涼風真世

ルドヴィカ/マダム・ヴォルフ:未来優希

少年ルドルフ:井伊巧

 

感想

圧倒的にルキーニが印象に残った。過去2回見たときのルキーニの記憶が全くないのですが(すみません)、今回の上山竜治さんルキーニを見て、この話はルキーニが主人公だったんだなと思った。

まず前提として、これはルキーニが語る物語なんですよね。ルキーニが呼び出した死者たちが証言するという形をとってはいるけれど、ルキーニが死者たちを操っているような描写もあり、死者たちが本当のことを語っているのかルキーニの主観で歪められているのかは、観客には分からない。

ルキーニは「キッチュ」で大衆がエリザベートや皇帝一家に理想像を見いだしたがることを批判するが、この『エリザベート』という物語自体もルキーニの勝手な解釈に過ぎないかもしれない。そして、『エリザベート』を見た観客たちも、好き勝手なエリザベート像を作り出していく。

だいたい、エリザベートを殺したルキーニが「エリザベートは死にたがっていた」と主張するなんて信頼できるはずがなく、エリザベートを殺したことを自己正当化するために都合よく作り出した解釈なんじゃないだろうか?

 

だって、このエリザベート、全然死にたがっていないですよね?愛希れいかさんのエリザベートは不安定で危うい感じの女性ではなく、抑圧を跳ね返すぞ!というエネルギーに満ち溢れている感じ。全然トートに惹かれてないし、死に救いを求めてもいない。だから、「エリザベートがトートを愛している」というのはルキーニの妄想なんでしょう。ルキーニは、帝国主義的な秩序による抑圧に抵抗するエリザベートに対して、同族嫌悪のような感情を抱いていて、自分が抱いている死への欲求をエリザベートに投影しているように見えた。

 

エリザベートに限らず、全体的に死への暗い憧憬はあまり感じられず、明るい雰囲気が漂っていたのがなんだか不思議だった。トート役の井上芳雄さんも、ゾフィー役の涼風真世さんも、どことなくコミカルな演技。一番不安定なのは立石俊樹さん演じるルドルフだったかもしれない。必死で生きているような雰囲気で、「この世に居所がないよ~」の台詞が似合っていた。

また、ウィーン版では"Prolog"や"Die fröhliche Apokalypse"で、その時代の誰もが多かれ少なかれ死への欲求を抱いているという描写があったが、日本版では歌詞が変わったことでそういうニュアンスはカットされてしまっている。日本版ではエルマーたちハンガリーの反体制派を登場させたことで歴史的な出来事はたしかに分かりやすくなっているが、教科書的な歴史的事件を説明することにフォーカスしすぎて、帝国主義からナショナリズムの時代へという大きな流れや、時代の退廃的な雰囲気はかえって伝わりづらくなっているようにも感じた。

また、日本版では、エルマーたちにトートが常に付き従っていることで、既存の体制を破壊したいという欲求と、死への欲求が重ねあわされている。ウィーン版では、行き詰った社会の帰結として、ルキーニのような自己破壊的な反体制運動や、"Hass"で描かれるような他者への暴力が噴出するという描写だったと思う。一方、日本版では、エルマーたちのような比較的まともな民族主義運動が死への欲求と結び付けられてしまっているので、変な感じがした。

 

とはいえ、舞台美術はとても豪華で圧巻だったので、生で見ていたら、世紀末ウィーンの退廃的な雰囲気が足りないなんて言えなかったかもしれない。

なんといっても、光の使い方が素晴らしくて、反射させたり透過させたり、ぼんやりした幻想的な雰囲気をうまく作り出していた。結婚式のシーンが特に美しくて、ベールにモヤモヤした照明が当たって透けているのが、落ちて一瞬でベールが透過しなくなるところがすごく好き。あと、暗闇の中にシシィの白いドレス姿が浮かび上がる場面が何回かあり、それだけでもとても美しいんですが、ぼんやりと透過した向こうに見えているとさらに綺麗だった。

そして、これを実現している大道具が不思議だった。鏡になって登場人物の姿を反射しつつ、背景を映しもしていて、しかも透過して裏側が見えているときもあった。いったいどうなっているんだろう?

 

いろいろ書きましたが、全員ちゃんと歌が上手くて安定感のあるカンパニーで、それはとても良かったです。少年ルドルフ役の井伊巧さんの高音がとても綺麗だった。

 

See also:

韓国版見たときの感想。

iceisland.hatenablog.com

上山竜治さんつながりで。

iceisland.hatenablog.com