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観劇日記

【感想】遠藤周作『王妃マリー・アントワネット』

今度ミュージカル『マリー・アントワネット』を見に行くので、予習として、原作である小説『王妃マリー・アントワネット』を読んだ。遠藤周作による1979年の小説である。

筆者はミュージカル版は初演・再演ともに未見だが、いちおうストーリーは調べたので知っているつもり。

 

王妃マリーアントワネット(上) (新潮文庫)

王妃マリーアントワネット(上) (新潮文庫)

 
王妃マリーアントワネット(下) (新潮文庫)

王妃マリーアントワネット(下) (新潮文庫)

 

 

3人の主人公

フランス革命を実在・非実在の人々の群像劇として描いている。その中でも、3つの身分を代表する3人の女性がメインキャラクターとなっている。

 

マリー・アントワネット

本作のタイトルロールであり、彼女がフランスに嫁いでから処刑されるまでを描いている。

若いころはワガママで愚かだが、革命で辛酸を舐めて少しずつ人間的に成長していく。よくあるマリーアントワネット像で、特に目新しい点はない。

 

マルグリット・アルノー

ミュージカル版ではもう一人の主人公(MA)になっている平民の女性。自分の貧しく悲惨な境遇から、マリー・アントワネットをはじめとした王族・貴族を憎んでおり、復習を望んでいる。革命がはじまってからは、虐殺に喜びを見出すようになる。

マリーアントワネットに外見的に似ているという点がしばしば言及され(ミュージカルと違って血縁関係は示唆されていない)、首飾り事件ではニセ王妃の役を演じる。史実の首飾り事件でニセ王妃となった女性ニコル・オリバから着想を得たキャラクターだと思われる。

 

イボンヌ・アニエス

マリーアントワネットが第二身分(貴族)の主人公、マルグリットが第三身分(平民)の主人公だとすると、第一身分(聖職者)の主人公にあたるのがアニエス修道女である。クリスチャンである遠藤周作の考えに最も近い存在だと思われる。

修道女だが革命の理想に共感し、修道院を出奔して女工となる。しかし、革命が勃発すると民衆の暴力に疑問を持つようになる。ついに山岳派(過激派)の指導者マラーを殺害してしまい、マリーアントワネットのいるコンシェルジェリー牢獄に収容された後、処刑される。

史実でマラーを暗殺した女性シャルロット・コルデーをモデルにしていると思われる。

 

信仰と革命

クリスチャンの立場から社会の不平等に疑問を持ち、それを正そうとするアニエスの態度は、作者の考えと一致していると思われる。

たいてい、革命と教会は対立するものだという印象がある。たしかに、フランス革命のなかで、教会権力はアンシャン・レジームの一部として批判された。さらに、共和制成立の後は、ロベスピエールらは無神論者で、キリスト教を弾圧し、非キリスト教化を推し進めた。

しかし、フランス革命の初期段階では、聖職者でありながら革命を支持する者も活躍していた。小説中にも、アニエスがシエイエスの著書『第三身分とは何か』を読むシーンが登場するが、シエイエスは聖職者であったが第三身分代表の議員として選出され、国民議会を設立した人物だ。実際、下位の聖職者には平民出身者が多く、改革賛成派も多かったらしい。そのため、三部会では第一身分の一部が第三身分に合流し、国民議会を設立した。

現代では、キリスト教信仰と革新思想を結合させた思想として、解放の神学がある。運動の源流であるフランス革命の初期にも、信仰と革命の結合がみられることは、今まで意識していなかった。今後調べると面白そう。

 

ミュージカルへ

ミュージカル版のマルグリットは、小説版のマルグリットとアニエスを合体させたキャラクターである。

平民で過酷な環境で育ったという点は小説版のマルグリットを引き継いでいるが、革命精神への共鳴、民衆の暴力への疑問、獄中のマリー・アントワネットとの交流といった精神的な要素はほとんどアニエス由来である。

小説版のマルグリットは革命の暴力的な側面を感覚的に肯定しており、マリー・アントワネットに同情したりはしない。当時の民衆としてはリアリティがあると思うが、これだと観客は共感しづらいと思われ、理性的に革命に共感するアニエスの内面が採用されたのだろう。

また、ミュージカル版のマルグリットは革命指導者だが、小説版では革命を主導する立場にあるのはアニエスである。舞台で王妃と対峙するには、立場的にもそれなりにする必要があったと思われる。

 

女性の描写

本作では3人の女性主人公たちは皆かなり愚かに描かれている。しかもそれを女性であることに紐付けた表現が散見され、だいぶミソジニック。

また、セックスシーンはないものの、性に関する話題もかなりの頻度で挿入される。マルグリットがマリーアントワネットを鞭打ちすることを想像して興奮するシーンなど、かなり陳腐な感じがある。出版された当時は女性主人公の物語にはセックスの描写が必須だったのだろうか。

 

ミュージカル版では、マルグリットが女性であるために革命勢力の中でも排除されるシーンがあり、批判的に描いている。日本におけるフランス革命ものの元祖の『ベルサイユのばら』は、男装して自分の思想に殉じる女性を描いており、当時としては非常に革新的だったが、政治運動は男性の特権だったことを無批判に描いていた点は現代からみると不満があった。その点、ミュージカル版『マリー・アントワネット』は、女性の描き方の点でかなりアップデートされていると思う。

近年、マリー・アントワネットの周囲の女性を題材に、フェミニズムの立場から描くフィクションが流行っている印象がある。小説の『マリーアントワネットの日記』『ベルサイユのゆり』シリーズ、漫画の『傾国の仕立て屋 ローズ・ベルタン』など。

革命側対王政側という構図の外から、社会における女性の立場や生活について捕らえなおそうという機運が高まっているのだろうか?個人的には、フランス革命当時に既に女性の権利宣言を行って「反革命」として処刑されたオランプ・ド・グージュを描いた作品を読んでみたいなと思う。

 

References

「ミュージカルの変異と生存戦略――『マリー・アントワネット』の興行史をめぐって――」田中 里奈、演劇学論集 日本演劇学会紀要71 巻 (2020年) 

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjstr/71/0/71_1/_article/-char/ja/

「ミュージカル『マリー・アントワネット』における分身の役割」松尾ひかり、文学研究論集第50号(2019年)

https://core.ac.uk/download/pdf/195800907.pdf

 

 

 

See also:

ミュージカル版見ました。原作とは何だったのか・・・

iceisland.hatenablog.com

 

遠藤周作好きな人はこっちもどうぞ

iceisland.hatenablog.com