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観劇日記

【感想】ミュージカル『はじまりの樹の神話~こそあどの森の物語~』2021年(配信)

劇団四季の新作ファミリーミュージカル『はじまりの樹の神話~こそあどの森の物語~』を配信で見た。

原作は岡田淳さんの同名の児童文学。小学生のときに読んで好きだった作品なので、楽しみにしていた。原作は今手元にないし、「こそあどの森」シリーズ12巻中この巻しか読んだことがないので、変なことを書いているかもしれないが許してほしい。

 

基本情報

2021年8月28日(土)マチネ @自由劇場からライブ配信

キャスト

スキッパー:寺元 健一郎
ホタルギツネ:田中 宣宗
ハシバミ:小坂 華加
トマト:近藤 きらら
ポット:澁谷 智也
スミレ:佐和 由梨
ギーコ:脇坂 真人
トワイエ:岸 佳宏
アケビ:清水 杏柚
スグリ:山脇 麻衣

 

感想

正直に書くと、舞台としてのクオリティは素晴らしかったが、原作の「こそあどの森」の自由な雰囲気が分かりづらくなり、押し付けがましいというか窮屈な感じに改変されてしまったなと思った。

 

主人公のスキッパーは内向的な少年で、「こそあどの森」の住人とも交流せずに暮らしているが、ある日ホタルギツネという言葉を話すキツネと、ハシバミという古代からタイムスリップして来た少女が現れる。ハシバミやホタルギツネとの交流や、ハシバミを過去に無事に返すために森の住人たちと協力する過程で、スキッパーは人間関係の素晴らしさを学ぶ、というストーリーだ。

 

最も違和感があったのは、ひきこもりなスキッパーが成長して他人と交流するようになるというプロットや、"生きるとは他者とつながることだ"という趣旨のテーマソングだ。 "内向的な性質は直すべき欠点であり、他者とつながるべき"という価値観は、原作と正反対に思える。

原作のスキッパーは、本や化石が好きな少年で、本好きの子供なら誰もがあこがれるような環境で暮らしている。博物学者のバーバさんと2人で住んでいるが、バーバさんはふだん研究のために長期的に留守にしている。そのため、実質的に一人暮らしで、家はバーバさんの本や資料がいっぱいという設定だ。本は読み放題、家族はいつもはいなくてたまに帰ってきたら知的な会話ができるなんて最高。こんな環境を主人公に与える物語だから、内向的なのは良くないから直せなんて価値観は考えられない。

それは、原作者の岡田淳さんのインタビューを見れば明らかだ。すごく素敵なインタビューなので全部読んでほしい。

実は、できるだけスキッパーの成長にはブレーキをかけたいなと思っているんです。今の学校や社会で奨励されているのは「積極的に人と関わって、自分の気持ちを言って、人の気持ちを受け止めていく人間」で、それをぼくも小学校の先生のときはそう言っていたけれど、「自分の世界も大切にしていていいんだよ、それはとっても素晴らしいことなんだよ…」というのもぼくは思うんです。

www.ehonnavi.net

ミュージカルでは、スキッパーが他の森の住民との交流を拒絶するような状態から、交流をもつようになるまでが描かれている。おそらく、これは、シリーズの1巻をもとにしていると思う。(『はじまりの樹の神話』は6巻で、このころのスキッパーは森の住人ともそれなりに交流はしている)原作でも内向的な少年が心を開いていくところが描かれてはいるが、それだけが必ずしも良いわけではないことがきちんと描かれている。後述するが、スキッパー以外の森の大人たちも人付き合いが良い人ばかりではない。

一方、ミュージカルでは、"生きるとは他者と交流することだ"というテーマソングが繰り返し歌われるので、価値観を押し付けられているような印象があった。

 

原作のこそあどの森は一種の理想郷で、少人数にもかかわらず適度な距離感がありインクルーシブなコミュニティだ。しかしミュージカルでは、それが伝わるような場面や設定がことごとくカットされているのが残念だった。

こそあどの森には家が5個あって、スキッパーと博物学者のバーバさん、ポットさんとトマトさん夫婦、スミレさんとギーコさん姉弟、作家のトワイエさん、双子、の5世帯がそれぞれ暮らしている。核家族は全くいなくて、子供を産まなくてもいいし、結婚しなくてもいいし、子供だけで暮らしてもいいし、親子じゃない大人と子供が一緒に暮らしてもいい。それに、スミレさんは気難しいし、ギーコさんは無口だし、トワイエさんは作家だし、バーバさんは学者で不在だし、明らかに社会に馴染まない性質の人間が多数を占めている。この雰囲気が好きだったのに、住人たちの性格や設定が分かる描写が少なくて、こそあどの森が普通の集落みたいに描かれてしまって残念だった。ミュージカルだとスミレさんとギーコさんが夫婦じゃないなんて分からないし。

各キャラクターもあんまりキャラ立ちしていなくて、ポットさんとトマトさんがしょちゅうキスするとか、スミレさんとギーコさんは気難しいとかのキャラ立ちポイントを何故削ったのか分からなかった。唯一、トワイエさんの造形は原作よりも社会性がない感じで大学教授みたいで好きだ。笛も上手いし(?)。

いちばん残念だったのが、双子がその日の気分で自由に名前を変えるという設定がなくなってたこと。原作の双子は、子供2人だけで湖の上にある家に住んで毎日お菓子を食べているという超羨ましい自由な生活をしている設定で、その自由の極地が「名前を変える」という点だと思う。子供は大人や社会なんて嫌いで子供だけで暮らしたいと思っていることを肯定してくれるのが嬉しかった。再び、岡田淳さんのインタビューから引用。

その子は、学校に行きたくない、家で暮らしたくない、自分で勤めてアパートに一人暮らしたい…つまり学校と家庭の両方を拒否してるってことでした。でも、その子のその思いが特別なんじゃなくて、子どもの中にはそういう夢があるよなって思ったんです。だから、そういう状況に素直にいる子どもを描こうと思った。それが「スキッパー」なんですよ。

ミュージカルでは、双子の自由な魅力が伝わらなくなって、単なるうるさい子供みたいになってしまっていたのが残念だった。 

 

ホタルギツネが明るく陽気な性格で関西弁でスキッパーの親友になってたのは驚いた。原作のホタルギツネはもっとステレオタイプなキツネ(とは)で、知的な皮肉屋という感じで好きだったが、これはこれでいいのかなと思った。しかし、喋る相手がおらず孤独に生きてきたという設定なのに関西弁にしたのは、安易なキャラ付けという感じがした。キツネの絵に慣れていたのでそもそも人間型になっていたことにまず驚いたが、衣装の造形はとても素敵だった。

 

ハシバミが"女言葉"を使っていたのも嫌だった。舞台だから誰が喋っているか分かりやすくするためなのかもしれないが、原作で女言葉を使っていないハシバミに女言葉を喋らせるのは明らかに時代に逆行していて変だ。

追記:原作を読み返したところ、原作でもハシバミは"女言葉"を使っているシーンがあった。ただし、こそあどの森に来てトマトさんの口調が移ったという経緯があり、ハシバミの素の口調は"女言葉"ではない。そのあたりを説明する尺がないなら、"女言葉"は使わせないでほしかった。

ハシバミ役の小坂華加さんはめちゃくちゃ歌が上手くてよかった。スキッパー・ハシバミ・ホタルギツネの3重唱が特によくてハモリが完璧だった。

 

衣装はとても素敵だった。原作の絵はシンプルなので衣装は完全にオリジナル。また、ダンスのシーンが多くて、特に古代人のダンスのシーンはかなり迫力があったので、配信じゃなくて舞台で見たほうが楽しい作品だったかなとちょっと後悔。地方公演に行こうかは迷う。

大道具も工夫がすごかった。原作に"はじまりの樹"の周囲は古代の匂いがするという描写があるのだが、これがドライアイスで再現されているのは感動した。リュウの頭が透けて人間の顔が見えているのはちょっと笑ってしまったが・・・

作曲の兼松衆さんは、新テニミュの作曲もされていた方で、オシャレな曲を作る方だ。歌詞は空虚というか理想のみが語られているというか押し付けがましいような印象だった。原作にある文章は概ね台詞部分になっているので、歌詞の内容はほとんど新しく書き下ろしているはずなので、このせいもあると思う。

 

See Also:

劇団四季のファミミュということで、夢醒めを見たときの感想。

iceisland.hatenablog.com

この前配信で見たスポンジボブのミュージカル。こちらは非常にインクルーシブでよかった。

iceisland.hatenablog.com