RED & BLACK

観劇日記

大きな物語の否定|ミュージカル『アナスタシア』2023年

『アナスタシア』見てきました。2020年の日本初演時から3年ぶり。

今回はひょんなことからマチソワすることに。普段は同じ作品を1シーズン内に2回見ることはないので新鮮でした。

 

基本情報

2023年9月23日(土)マチネ&ソワレ@シアターオーブ

キャスト(マチネ・ソワレの順)

アーニャ:木下晴香

ディミトリ:相葉裕樹・内海啓貴

ヴラド:大澄賢也石川禅

グレブ:田代万里生・海宝直人

マリア皇太后麻実れい

リリー:朝海ひかる堀内敬子

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感想

ストーリーについてはだいたい初演の感想に書いたので、あまり書くことはないのですが。

 

この作品は、歴史劇であり、しかも扱っている時代からしてめちゃくちゃ政治的な話になってもおかしくないのだが、見事なまでに非政治的である。

アーニャは王の娘、ディミトリはアナキストの息子、グレブはボルシェビストの息子なので、当時の国内勢力をそれぞれ象徴しているはずなのだが。それらの勢力そのものではなく、娘・息子世代であることで、それぞれの立場に内在する思想と一歩距離を置く存在として描かれているように思う。

アーニャとグレブの対決は政治的思想的な対決ではなく、あくまで焦点は家族との関係性という現実のレイヤーにある。ディミトリとグレブについても2人の対決シーンがあったりすればアナボル闘争の構造になるのだが、そうはなっておらず、彼らは価値観をたたかわせたりしないのである。

 

アナスタシアが「おとぎ話」になって消えていくというラストは興味深い。

この作品は一見単なるプリンセスストーリーに見えるし、日本初演を見たときは王権を擁護していて嫌だなと思ったが、今回は「高貴な一族であること」を夢やファンタジーに類するものとして描写することで、むしろ王権の虚構性を指摘しているように感じた。ディミトリとヴラドがするように「王族らしさ」は作ることができるものだし、アーニャは王族であることが明らかになってむしろ自分の現実を取り戻した。

だからといって王政に反対する思想が擁護されるわけでもなく、ディミトリが「(ペテルブルクからレニングラードに)名前が変わっても中身は同じ」と言うように、この作品では社会主義思想も一種の虚構として扱われている。

一方、現実の世界は、基本的には(困ったところもあるが)愛すべきものとして提示されているように思われる。故郷への思いについては"My Petersburg"、"Stay, I Pray You"、"Land of Yesterday"と繰り返し歌われるし、LEDパネルで表現される写実的な背景は非常に美しい。

アーニャとディミトリは「おとぎ話」になったよう見えるが、実際には王族であるという虚構を捨てて現実の世界で生きていくことを選んだ。一方、政治的理想を追い求める立場に残ったグレブの方が「この国の秩序はもはやおとぎ話を必要としない」という台詞に反してむしろ「おとぎ話」の中に生きたのではないか。

イデオロギーすなわち「大きな物語」に翻弄された20世紀という時代を想起させるラストシーンだが、アーニャはディミトリという抵抗者とともに物語の世界から降りることで自由を手にしたのかもしれない。

突飛な解釈かもしれないが、同じテレンス・マクナリー脚本の『蜘蛛女のキス』もファンタジーを(かなり突き放した態度で)描いた作品なので、案外的外れでもないんじゃないかなどと思っている。ちなみにこの次週に見た『ラグタイム』もテレンス・マクナリー作品だった。

 

今回3年ぶりに見て、”Quartet at the Ballet”のシーンでの白鳥の湖のバレエが本編に対応していることに気づいた。(初回で気づけよという感じですが・・・)オデット=アーニャ、ジークフリート=ディミトリ、ロットバルト=グレブになっていたんだね。登場人物たちがバレエを見て心情を託しているように感じられて、すごく好みの演出だった。

この曲はミュージカルの登場人物の持ち歌集合曲なので、それだけでかなり気分が上がりますが(持ち歌集合曲大好き)、特にソワレのキャスト陣は歌がうまくてハモリが素晴らしかった。

ただし、本編のストーリーでグレブとアーニャの恋愛関係についてあまり描写があんまりないのに、このシーンではいかにも三角関係のような演出になっているので、ん?という感じはする。

 

内海啓貴さんのディミトリは、自由な感じで下町育ちの庶民っぽく、アナキストの息子らしくて良かった。

グレブは田代万里生さんは些細なことで怒鳴ったりしてDV男っぽいのに対し、海宝直人さんは繊細で本当に理想を信じている感じ。私は海宝さんタイプの革命家が好きです。二人とも、初演の山本耕史さんとは違うタイプで面白かった。

石川禅さんのヴラドは歌もうまいし、間の取り方とか相変わらず演技がめちゃくちゃうまい。

 

See also:

2020年の日本初演時の感想。

iceisland.hatenablog.com

 

テレンス・マクナリー脚本つながりで。

iceisland.hatenablog.com