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【感想】ミュージカル「アナスタシア」

「アナスタシア」見てきました。とにかく無事(?)上演してくれて良かった。

 

2020年3月21日(土)マチネ@シアターオーブ

キャスト

アーニャ:葵わかな

ディミトリ:内海啓貴

グレブ:山本耕史

ヴラド:石川禅

リリー:マルシア

マリア皇太后麻実れい

リトルアナスタシア:山田樺音


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あらすじ

ロシア革命で殺されたはずの皇女アナスタシアが実は生存していた?という伝説をモチーフにした作品。原作は1997年のアニメ映画。

ペテルブルクで華やかな暮らしをしていた皇帝一家だが、革命のさなか処刑される。革命後、末の皇女アナスタシアだけは密かに生き残っているという噂が立つ。詐欺師の若者ディミトリと偽貴族の男ヴラドは、適当な女性をアナスタシアに仕立て上げ、パリにいるマリア皇太后に会わせて報奨金をせしめようと計画する。そこに、記憶喪失の少女「アーニャ」が現れ、3人でパリに向かうことになるが・・・

 

感想

全体的に王党派向けすぎるミュージカルだった。何しろ、革命の話なのに誰も革命を擁護しない。翻訳歌詞があまり上手くなかった感もある。ただし、演出はとても好みだった。

唯一革命を擁護してくれそうな登場人物は、主人公アーニャ(=アナスタシア)を暗殺しようと執拗に追いかけてくるボリシェヴィキのグレブだが、この人は正直よく分からなかった。ボリシェヴィキのトップ(レーニンのこと?)からアーニャの暗殺を命じられてわざわざパリまで追いかけてくる。レニングラードの警視副総監と名乗っていたが、暗殺対象を追ってはるばるパリまで行ってるのも謎。この話がソ連建国後のことなのかは謎だが、暗殺が仕事ならチェーカー(秘密警察)じゃないのか?脚本家はボリシェビキを何か勘違いしている気がする。

皇宮警備隊だったグレブのお父さんは皇帝一家を殺害した後に自殺してしまったらしい。グレブは「父は命令に従っただけ」と言って正当化している。青年将校(?)なのに、なぜ革命で皇帝を滅ぼさないといけないのか理解していないようになってしまっている。自分がアーニャを殺すか助けるか苦悩するときも「革命に感情はいらない」と自分に言い聞かせているが、なんかなあという感じ。民衆の怒りなしに革命起こらないでしょ・・・革命側の人間が彼しか登場しないんだから、もうちょっと主体的にボリシェビキやっているキャラクターにするのがスジじゃないのかね。

帰ってからブロードウェイ版(グレブ役はラミン・カリムルー)聞いてみたら、ちゃんと革命家っぽかった。思うに歌詞の翻訳があんまり上手くないのでは。「革命に感情はいらない」は”A rrevolution is a simple thing"、「父は命令に従っただけ」は"he did a proud and vital task"だもんね。全然違う。英語歌詞だとちゃんと革命を内面化してる感じ。”Tsar lies cold"もいいですね(良くはないが)。日本語で何て言ってたっけ?ラミン・カリムルーは「エビータ」のチェもやってたし自分の中で革命家イメージがついてしまった。

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全体的に、グレブが存在することで話が動くということが全くなく、何のためのキャラクターなのかよく分からず。最後にアーニャを暗殺しにくるが、蛇足感が強い。Twitterで「入水しないジャベール」と呼ばれていて笑ってしまった。山本耕史さんの演技がアッサリしすぎていた感じがある。まず、アーニャに惚れているということが初見ではよく分からなかった・・・

ちなみに、アニメ版だとグレブに相当する悪役はラスプーチンで、悪い魔法を使って革命を起こすらしい。それはそれで良かったかもしれない。史実でラスプーチンに傾倒していたアレクサンドラ皇后は本作でもやたらに信心深く描かれていて、ラスプーチンの名残り(?)を感じた。

 

民衆もパワー不足で、こいつら本当に革命起こしたんかいという印象。パンフレットには「革命で一番苦しんだのは民衆」云々と書いてあったが、そうは言っても2月革命はボリシェビキが主導したんじゃなくて民衆が自ら決起したんだと思いますが・・・今回3階席だったのもあるけど、歌が響いてこなかったのも残念。

 

王党派の代表格はアナスタシアの祖母であるマリア皇太后で、ロシア革命のことを「ロシアは自らの罪により地獄に落ちた」とまで言う。

息子である皇帝一家が殺されて悲しんでいるが、そこからナチュラルに嫁を排除しているのには笑ってしまった。家父長制を体現してますね!とはいえ、時代や家族に取り残されて絶望した皇族というキャラクターは良かった。マリア皇太后役の麻実れいさんは、帝国主義の頂点に立ってきた人間を見事に演じられていた。歌は全然歌えてなかったけど、御年70歳とのことで仕方ない。

 

主人公3人組の立場はけっこうあいまいだった。

主人公アーニャは記憶を失った女の子で、もちろん実は皇女アナスタシアその人である(とはいえ、劇中で完全に記憶を取り戻すことはない)。「皇女アナスタシア」として仕立て上げられる中で、教えられていないにも関わらず知っていることや出来ることが多数あることが分かり、自分はアナスタシアではないかと思い始める。クライマックスで祖母であるマリア皇太后と再会するが、アナスタシアであると認めてもらうのに一悶着あったのは意外だった。「貴方に認めてもらわないとアナスタシアにはなれない」と言うと「自分で信じなければ何者にもなれません」と怒られてしまう。無事アイデンティティを確立し自分がアナスタシアであると確信したアーニャは、皇女としての地位や財産は捨てるものの、ディミトリに対して「皇女アナスタシア」と名乗るようになる。

ミュージカルのキャッチフレーズが「自分探しの旅(The Journey to the Past)」である通り、自分のアイデンティティを確立するのが彼女の目的であり、それが皇女であることはあまり気にしていないように見えた。自分が何者か分かり、家族が見つかってめでたし、なんだろうか?

アーニャ役の葵わかなさんは、役に説得力があってよかった。「自分は苦労してきた」と思っている女の子を上手く演じられていたと思う。歌も上手かった。

 

アーニャとカップルになる若者ディミトリの政治的立場もけっこう謎だ。アナキスト強制収容所で亡くなった父親を誇りに思っているようだ。子供のころパレードをしているアナスタシアを見たというエピソードや、「アーニャのような素敵な人が皇女だったらいい」という言い方からは皇族に対する憧れを感じるが、マリア皇太后に対して「歴史が貴方を裁いた」(うろ覚え)という言い方もしていた。ストリートチルドレンとして育ったルンプロ青年である彼が、ペテルブルクという街に強く思い入れを抱いているのは逆説的かもしれない。

 

元偽貴族のヴラドが一番ロシア文学ぽいキャラクターかもしれない。ヴラド役の石川禅さんはお茶目なおじさんで非常に魅力的だった。アーニャ・ディミトリ・ヴラド3人でワチャワチャしているところがかわいい。

 

演出について

曲は全体にクラシック風で、よい。

大道具や衣装も非常に美しかった。

舞台装置の向こう側に街並みが映る仕掛けがとても綺麗。プロジェクターで投影しているのかと思ったが、LEDパネルらしい。確かに、プロジェクタだと装置の影になってしまう部分には投影できないか。いちばんぶち上がったのは、宮殿で貴族たちが舞踏会をやっていると、窓から見えるペテルブルクの街が炎上して、その中から赤旗を持った兵士たちが現れるところ。最高!

ロマノフ家の面々は全員白の衣装で、生きているときから幽霊みたいで印象的だった。舞踏会のシーンで家族写真を撮っているところでは「あ~見たことある写真だ~」ってなったし、グレブがアーニャを撃ち殺そうとする場面で、背後でロマノフ家の処刑が再現されているのも盛り上がった。

あと、アーニャや他のロシア人がたまに民族衣装風のシャツを着ているのが可愛かった。

また、パリのオペラ座(オペラ・ガルニエだろうか)でのバレエのシーンは実際にバレエダンサーが出てきて、曲も一部白鳥の湖の入るアレンジで良かった。バレエダンサーが登場する演出、オペラではしばしばありますが、ミュージカルでは珍しい。バレエが果たして上手かったのかは分からず・・・

 

史実とか

実際の歴史では、ロマノフ家が殺害された時点でアナスタシアは17歳であり、本作のように幼いころの話ではない。本作では革命で突然殺されたような感じで描かれているが、実際は、1917年の2月革命とニコライ2世の退位の後、1年後に一家はエカテリンブルクのイパチェフ館で殺害された。本作では、アーニャはペルミの病院で発見されたと言っていた。エカテリンブルからペルミまでは比較的近い(といっても200km以上ある)ので、本作でも処刑までの流れは史実と同じであると考えられる。(追記:英語版では一家殺害がエカテリンブルクであると言及があるのを発見。クライマックスのグレブとアーニャの対峙の場面。)しかし、アーニャは「ペルミからオデッサオデッサからペテルブルクまで歩いてきた」と言っており、なぜ現ウクライナオデッサに行ったのか不明。ちなみにペルミからペテルブルクまでは1500km以上あり、ディミトリが言うとおり、歩くのは完全に狂っている。北海道から九州まで歩くようなもんだ。

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もう一つ、地理的に気になったことを。アーニャたちがパリに向かう列車はブダペスト経由パリ行きだが、結局ポーランド国境付近で降りることになっていた。ポーランドからパリまで徒歩で行ったんだろうか。それだって1000kmくらいはあるので、1日30km歩いても一月かかる。非常に健脚な主人公たちだ。ちなみに史実ではマリア皇太后はパリにはおらず、実家であるデンマークにいた。デンマークではロマンチックさに欠けると思われたんだろうか。パリにはユスポフ公をはじめ多数の亡命ロシア人がいたのは事実と思われる。

1922年が舞台でソビエト連邦成立の年のはずだが、誰も国の名前をソビエトとは呼ばないし、ペテルブルクのことをレニングラードと呼ぶこともない(ペテルブルクがレニングラードに変わったという言及はあり、ディミトリが「名前が変わったってペテルブルクはペテルブルクさ」と言う。ちなみに、実際は第一次世界大戦中にはペトログラードと呼ばれていた)のでさびしい。

 

 名前について

ロシア文学を読んだことがある人ならご存知の通り、ロシア人の名前にはある程度決まった愛称がある。アナスタシアの愛称は普通ナースチャなどで、アーニャになるのはおかしい(アンナならアーニャになる)とか、ヴラドの本名はおそらくヴラジーミルだろうけどヴラジーミルの愛称はボロージャとかなのでヴラドにはならないとか、ディミトリが「父にディーマと呼ばれていた」と言ってアーニャが驚くのはおかしいとか(普通の愛称なので)、色々な違和感がある。

rossia.web.fc2.com

あと、「アナスタシア・ニコライェヴナ・ロマノフ」って何回も言っていたので気になった。ロシア語の苗字は男性形・女性形があり、アナスタシアは女性なので「ロマノヴァ」です。例によって「日本人には分からないだろうから」でワザとやっているのかな?と思ったらブロードウェイ版でも「ロマノフ」って言ってた。なぜ!?

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