RED & BLACK

観劇日記

無駄のそぎ落とされた帝国主義批判|ミュージカル『太平洋序曲』2023年

『太平洋序曲』見てきました。

ティーブン・ソンドハイムによる、日本を舞台にした作品。今回の公演はイギリスの劇場との共同制作ということで気になっていた。

1幕であることが開幕直前に分かって炎上したりもしていたけど、蓋を開けてみたら非常に良かった。

 

基本情報

2023年3月12日(日)マチネ@日生劇場

キャスト

狂言回し:山本耕史

香山弥左衛門:海宝直人

ジョン万次郎:立石俊樹

将軍/女将:朝海ひかる

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感想

帝国主義と女性への暴力について

ストーリーは日本の開国をテーマにしており、帝国主義批判が軸となっている。西欧諸国による日本に対する搾取と、日本によるアジア諸国に対する搾取の両方が描かれていて、非常にバランスが取れている。しかも、女性への性暴力・性搾取と国家間の搾取とを重ねて合わせるように描くことによって観客を排外主義的な思想に誘導しつつ、最終的にはそういった排外主義にも批判の目を向けている。ものすごく高度な技で翻弄された気分だ。

"Welcome to Kanagawa"では来日したペリーらを「おもてなし」するためにセックスワーカーが集められ、"Pretty Lady"では外国の船員たちが日本の少女を強姦しようとする。"Please Hello"では、女性の俳優が演じる徳川将軍に対して、諸外国が寄ってたかって不平等条約を締結しようと迫ってくる。

女性への性暴力・性搾取と国家から国家に対する搾取が、わざと重なるように描写されている。こんな描写見せられたら、「西洋の奴らは悪い奴らだ!」って気持ちになっちゃいますよね?私は素直だからなっちゃったんですが(笑)。他の方もけっこうなったと思うんですよね、"Pretty Lady"の最後、強姦されそうになった少女の父親が船員たちの首を切るシーンで笑い声上がってたもん。"Pretty Lady"はめっちゃ怖いシーンだし、良かった殺された!って思っちゃうよ。

その流れのまま、「西洋列強と渡り合うためには奴らの文化や技術を学ばねば」という将軍や香山弥左衛門に共感する一方、攘夷思想にはしるジョン万次郎の気持ちも分かるよ・・・!となって。

そこに突如として明治天皇登場!(明治天皇は男性である狂言回しが演じる。)西洋から帝国主義仕草を学んだ日本が、今度はアジア諸国に同じように暴力をふるったことが語られる。そうだ・・・!やられた・・・私としたことが・・・

この話は、狂言回し=現代の日本人が、過去の日本の侵略を正当化するために作り出したストーリーだったんだ。排外主義を煽るために、「あいつらは俺たちの女を奪う奴らだ」という家父長制的な感情を喚起するための装置だった。共感し、同調してはいけなかったんだ・・・しまった・・・。

どうですが、ものすごく翻弄してくるでしょ。狙ってこんなことをできるの、人の心理に精通しすぎでしょ、恐ろしい。演劇の最も強力な(と私は思っている)パワーである「共感」という武器を、これでもかと使ってきて、ほんと脱帽です。

 

舞台美術すごすぎ

舞台装置が非常に洗練されているのも素晴らしかった。極限までシンプルな造形の富士山、日の丸、船、木だけで成立している舞台装置。見立てを利用しているのが日本庭園のようで、"Poem"の俳句を詠むシーンと非常にマッチしていて、本当に風景が見えるかのようだった。

そして、これを外国の演出家がやっているという事実よ。これが「日本っぽさ」でしょ?と提示されているような、オリエンタリズムのようにも思うけど、本質をついているような気もする。この作品全体に言えることでもあるが。

残念だけど、こんなにカッコいい舞台装置を日本のミュージカルで見たのは初めてだと思う。舶来物の演出最高!!私は外国(とつくに)の犬です。

個人的には、"Next"の背景の映像はよく分からなかった。日本のアート作品の曼陀羅?みたいなものなのは分かったけど、ストーリーにどう絡んでいるのかは分からず。誰か解説求む。プログラムに挟まっていた紙によれば、もともとは歴史的な写真資料を使う予定だったそうで、そちらの演出も見てみたかった。

あと、天皇が人形なのは面白いけど、せっかく人形遣いの方がいたのに、あんまり動いていなかったので、もったいないなと思ってしまった。しかし、いくら江戸時代の天皇とはいえ、天皇を人形にする(しかもものすごくアホっぽい)のは、日本の演出家にはなかなかできない表現という気がする。天皇の声を担当している方は太夫さんが女性の役をやるときのような喋り方だったので、将軍と同様、天皇も女性として描かれているようだった。

 

音楽のこと

ソンドハイム作品を見たのは、韓国で『スウィーニートッド』を見て以来、2度目。今まで、ソンドハイムの曲ってやたらに小難しいなあと思っていたのですが、今回、難しいのになぜか覚えやすいという事実に気づいて驚いた。前日に慌ててサウンドトラックを一周して、一度舞台を見ただけなのに、しかも舞台の中でリプライズがあるわけでもないのに、観劇後ずーっと頭にメロディがこびりついていて、ふとした瞬間に出てくる。これが巨匠と言われる作曲家の力か。

アンサンブルの方がソロを歌う場面がかなり多いのですが、その難しい曲を歌いこなせる役者さんが揃っていたのも良かった。唯一残念だったことは、逆にメインキャストのソロをあんまり堪能できなかったことくらいかな。

 

訳詞は市川洋二郎氏。『The View Upstairs』の訳詞や演出を手掛けていた方で、ちょっと訳が直訳調なところがあるのだが、今回はそれがうまく作品にマッチしていたように思う。ただ、明らかに日本人はそういう言い方をしないだろうという箇所は、もっと自然な訳にしてもいいのではないかと思った。

 

See also:

女性への暴力をテーマにした演出といえば、アレックス・オリエ!(語弊のある表現)

iceisland.hatenablog.com

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